魔法少年、引退?
ギルドラに真っ直ぐ見据えられ、僅かに体が震える。威圧感とでも言うのだろうか、原因はあの無駄に大きい六枚の翼にあると思われるが、はっきりとは分からない。
「おいヒヨ、インキュバス退治を人間に任せるのは天使としてどうなんだ」
「そ、それは……、だってこんな体だし」
「それなら俺が一発で退治してやるよ、良いよな魔法少年」
「お願いします」
「ちょ、シラン!」
俺より確実に強そうな、ギルドラに頼めば確実だろう。これで平和な日常が戻ってくると思うと歌い出したくなる。
「ダメっ! 大体、ギルドラだって人間界で力を使うのは禁止されてるんでしょう」
「そうなのか」
ヒヨはちょこんと俺の肩に乗り、語る。
「ギルドラ、いやプルートは冥府を司る神……の親戚で神様の一員なんだよ」
「神なのか、それは凄いな」
ギルドラを見ると、軽く腕を組ながら俺達を見て話を聞いているようだ。今まで保健室に行かなかったから接点はあまりないが、神ならこれからは何かお供えをするべきか、などと考えていると頭をこつかれた。
「なに考えてんだよ」
「人の心を読むな」
「でもあんなに良い収入だったのになんで仕事辞めて人間界に来たの?」
「飽きたからさ、人間界の方が楽しい。だから俺は人間としてここで暮らしてる」
「それなら、なんで今力を使ったんだ」
「……つい」
目を逸らし頬を掻くギルドラに、思わず俺は笑ってしまう。
「案外お人好しなんだな」
「うるせぇよ」
「だが、禁止されてるなら任せるわけには」
「すぐ終わらせれば気づかれないから大丈夫だ、任せろよ」
「それなら……」
真っ直ぐ見据える目から、俺を想っているのが伝わる。何故ギルドラがそこまでしてくれるのか、真意までは分からないがそこまで言うのなら。俺が口を開こうとすると、ヒヨが顔面に飛びついてきた。柔らかな感触が顔を包む。
「……おい」
「投げ出したらダメだよシラン。君の運命は廻りだしたんだ」
「運命?」
「インキュバスを倒した時、君の運命は確実に変わる、だから今投げ出したらダメだよ、分かるでしょうシラン」
ふとその言葉に何か引っかかるものを感じる。ヒヨに出会い、それから銀髪の男が俺の所に教科書とノートを借りに来た。あれは偶然だったのか。今、こうして俺を助けてくれたギルドラに関しても偶然と一言で片付けられるのか。
「インキュバスを倒したらどうなるんだ」
俺の顔から離れたヒヨが、ふにゃりと笑って。
「それはインキュバスを倒せば分かるよ」
俺は手を軽く握り締める。今ここで魔法少年を辞めてしまったら繋がった運命が途絶える、そんな気がした。
「ギル、すまないがさっきの話は無かった事にしてくれ」
「シラン……」
「俺は、あんたやヒヨ……それからアイツと繋がった運命を中途半端に終わらせたくない」
俺の声は自分でも驚くくらい体育館に響き渡った。
「分かった、なら頑張れよ」
そう言ってギルドラが俺の頭をわしゃわしゃと撫で回し背を向けた。輝く羽根は消え、人間として歩き出していったギルドラを俺は見送る。
「ヒヨ」
「なに? お礼ならいらないよ」
「先ず服を着ろ」
そうして全校集会は終わり、無事に一日が過ぎていった。
放課後を迎え、俺は鞄にノートを詰め込み教室を後にする。
歩いていると、授業中は外で遊んでいたヒヨがどこからともなく現れ俺の右肩に乗ってきた。
最近肩が凝るのはこのせいだろうか。
「今日は頑張ったからプリンたべたいよー」
「冷蔵庫にある」
小さな両手をあげて喜ぶヒヨを見ると、微笑ましい。
不意に視線をヒヨから離すと前から男が歩いてくるのが見え、俺は思わず息を呑む。
男は人工的には作れない、美しく長い金色の髪を、優雅に揺らし俺の横を通り抜けて行く。印象的なその姿に思わず振り返るも、既に男は夕暮れ時の雑踏の中に消えた後だった。
「……ん?」
俺はアスファルトに不自然に落ちている一枚の黒い羽に気付く。
カラスにしては、艶やかで、そして深い闇の色をしているそれを拾おうと手を伸ばしたが、俺の指先が羽に触れる寸前、風に羽が舞い上がる。
ふわりと舞い上がった羽は、そのまま茜色の空に消えていった。
「何だったんだ」