メープル? いえプルートです。
足が痛くなってきた。俺は今、長い長い校長の話しを永遠に聞かされている。今は全校集会の真っ最中で、先程は生徒指導担当の教師が自転車の盗難について注意を促していた。
最近自転車の盗難が多発しているらしいので、盗まれないよう鍵をかけるようにとの事だ。
その時点で足は怠くなっていたが、その後すぐに頭は薄いのに、腹はでっぷりと肥えた校長が現れ今に至る。
それにしても話が長く、もはや何を言ってるかもわからない。
「で、あるからにして……魔法少年はどこだ」
「は?」
今なんて言ったのだろうか、聞き間違いに違いない。
「ことごとく我々の邪魔をする魔法少年は誰だー、先生怒らないから手あげなさい」
あげるわけがないだろうと、思いつつ冷や汗が流れる。なぜあの髪の薄い校長が魔法少年の存在を知っているのだろうか。
「あーもう怒りました、今怒りました、自分で探します」
よく見ると校長の目が赤く光っている。あれは校長なのだろうか。
そんな事を考えていると、周りの生徒達がバタバタ倒れていく、数人立っている生徒も居るが、様子がおかしい。
荒い呼吸が辺りから聞こえてくる。これは間違いない。
「ヒヨ!」
「大変だよ、あの頭の薄い人にインキュバスが憑依してる」
「い、いいのかあんなのに憑依して」
他に良い相手は居なかったのだろうか。俺はヒヨの頭から花が引き抜く。瞬間それはステッキの形に変形し、俺の体は縮む。例のごとくズボンが下着ごと脱げてしまった。
「見つけたぞ! 魔法少年」
校長は鼻息荒く、体育館のステージから舞い降りる。
「我が名はインキュバス! 可愛い男の子が大好きなお茶目な悪魔」
校長の姿で言われると何故だろう、物凄い寒気を感じる。ヒヨヒヨステッキで殴り飛ばして良いのだろうか。
などと考えていると、周りから発情した男が襲い掛かってきた。
校長、ではなくインキュバスが不気味に笑う。
「散々我の邪魔をしてくれた魔法少年よ、貴様の実力を見てやろう」
鼻息荒いインキュバスは、実力を見ると言いながらも主に俺の学ランの裾から見える太ももを凝視しているように見えるのは、気のせいだろうか。 ヒヨヒヨステッキを握り締め、インキュバスに向かって走り込む、しかしそんな俺の行く手をラグビー部の主将が阻んだ。流石ラグビー部、壁のような男である。今までの発情した男のなかで一番厄介な相手かもしれない。
「ここを、通させてもらう」
ヒヨヒヨステッキを振り上げるも、不意に男は目を光らせた。
ものの例えではなく、本当に光っている。
「な、なんだ」
「はっはは! 今までと同じと思うな魔法少年、そいつは必殺技をもっている」
目が光ったかと思ったら、何やら光線のようなものが放たれた。最早人間の域を超えているが、どうなっているのだろうか。
「っ!?」
その光線を避けたつもりだったが、僅かにかすってしまったようだ。何故か学ランが脱げてしまい、俺はワイシャツだけの姿になってしまった。
「その光線はただの光線じゃないぞ、ヌガセール光線だ」
「そのまんまだな」
「センスないね」
ヒヨと意見が合う。しかし、もう俺はワイシャツしか着ていない。次光線に当たれば全裸だ。
「ヒヨ、どうしたら……」
ちらりとヒヨを見ると、ヒヨは全裸だった。
「お前もか!」
軽く目眩を感じながらも、どうにか光線を避け続ける。だが、このままでは近付けない。
「跳ね返せたらいいのにね」
短い手で体を隠しながら浮かんでるヒヨが、ぽつりと呟いた瞬間俺は閃く。
俺が動きを止めると、男はチャンスとばかりに目を光らせ光線を放った。
その瞬間ヒヨが鏡の姿に変身する。
鏡に当たった光線は跳ね返り男に当たった。
男の学ランが脱げ、ワイシャツ姿になる。
「よし、この調子で光線を跳ね返せば」
「むむ、こしゃくな!」
インキュバスが、苛立ったような声をあげるも、ふいにニヤリと笑った。校長だからだろうか、その笑みが酷く不気味である。
「そう何度も跳ね返せるか、魔法少年」
不意にヒヨを見ると、ヒヨはへなへなと地面に落ちていた。
「ヒヨ、お前」
「着物がなくて力が……」
「……」
どこか聞いたことのあるような台詞を吐く鏡餅を軽く踏みつける。
その間にも操られた他の生徒達が動き始めていた。
「さあ魔法少年を押さえつけ早くその邪魔な衣服を剥ぎ取って、素肌を露わにさせるんだ」
舌をベロベロ出しながら興奮気味に言う校長に本日何度目になるか分からない寒気が走る。その間に他の生徒が横から飛びかかってきて、俺はなすすべなく吹っ飛ばされた。
「またラグビー部か」
起き上がろうとするも、体が軋む。視界に逞しい足が見え視線をあげるとラグビー部主将が目の前に居た。
「…………」
絶体絶命だ。目をギラギラ光らせるその男に冷や汗が流れる。
「さあ、恥ずかしい姿を男共に曝すがいい!」
インキュバスの声が高らかに響く。
今まさに光線が放たれるその瞬間、眩い光が目の前の男を貫いた。まるでその光は矢のようだ。
貫かれた男はその場にぱたりと倒れた。
矢が放たれた方向を見ると、長い黒い髪を一本に結い、その艶やかな黒髪で顔の半分を隠した白衣姿の男が立っている。それだけで十分目立つ姿だが、男の手には光り輝く弓矢、そして男の背には六枚の真っ白な神々しい羽根。
床に潰れてる鏡餅とは比べ物にならない差だ。あれがまさしく本物の天使というものなのだろう。ヒヨがぷにっと床からもっちりした頭を上げ、その人物を見て口を開く。
「プルート!」
「今はその名で呼ぶなよ、人間界での俺の名は、ギルドラさ」
それもどうだろうか、と言いたくなるのを堪える。何はともあれ危機を免れられた事に俺はほっと胸をなで下ろした。
「ひ、卑怯じゃないか! 二対一とか、しかも強そうだし」
インキュバスは、わいわい騒ぐと逃げるように校長の体から抜け出していった。黒い靄がふわふわ消えていく。
「取り逃がしたか……」
ギルドラが不意に俺の方を見る。
その鋭い視線に射抜かれ、僅かに体が震えた。