銀色の思い出
昨夜からの雨のせいで、淡い桃色の花弁は散ってしまっていた。
胸に、花の飾り、入学おめでとうの文字。それを外してポケットに入れた。
傘をさしても、まだ真新しい制服の肩がしっとりと濡れてしまう。
親と並びながら、入学式を終えた生徒達が次々に門を抜け、俺はその流れに呑まれ門の外へと流されていく。だが俺は、その流れに逆らい立ち止まりこれから三年間通う学校を一度振り返った。
期待と少しの不安が混じった不思議な気持ちになりながら、暫く見た後再び歩き始める。
そんな入学式を終えた帰り道、俺は何故かふと公園の前を通りかかっていた。幼い頃によく遊んだ懐かしい公園だ。
昔は大きく感じた遊具が、今ではそれほどでもない。
公園で雨に濡れた遊具を眺めていると、ふと雨音に紛れ何処からか喧騒が聞こえてくる。
無視すれば良かったのだが、俺は気付くとその声がする方へと足を進めていた。路地裏には案の定ガラの悪い男達が集まり、喧嘩をしていたのだ。
俺は思わず息を呑む。 一人の男から目が離せなくなっていた。数人の男を相手に、その男の銀色の髪が舞う。それは圧倒的な強さだった。
だがこれ以上続ければ警察沙汰になりかねない。気付くと俺はその喧騒のなかへと飛び込み銀髪の男の手を掴むとなりふり構わず走り出していた。
「お、おいっ」
男の困惑した声を無視してたどり着いたのはあの公園。男が乱暴に手を振り払う。
「あァ? なんだテメェもやるってのか」
「生憎だが、喧嘩は好きじゃない」
そう言うと、男は苛立たしげに雨に濡れた銀色の髪をかきあげる。その時俺は、血が滲む唇に気付してしまった。
「怪我してるぞ」
「こんなの怪我のうちに入らない」
「ほら、絆創膏」
鞄から絆創膏を一枚取り出して男に渡すと、男は俺と絆創膏を何度か見てから受け取る。自分で渡しときながら、まさか受け取るとは思わなかった。
「ぷっ、クマの柄とか……ガキかよ」
「悪かったな、それしかなかったんだ」
「一年生か、面白いな」
「なんで分かったんだ?」
男ははぐらかすように少しだけ悪戯っぽく笑って、絆創膏をポケットに入れた。
「オレに関わると、変な奴らに目をつけられる」
「心配しているのか?」
「例えオレのせいでお前がボコボコにされてもオレは知らないからな」
それだけ言うと、男は俺に背を向け去っていく。
湯船に浮かぶアヒルを突っついてみた。
「なんで忘れてたんだろう」
「シランって本当に昔からお人好しなんだね」
膝の上に乗っかったヒヨがぽそりと呟く。
「うるさい」
「しかも厄介ごとに自分から巻き込まれにいくし」
返す言葉もなくて、俺は湯船に肩まで浸かった。
危うく沈みそうになったヒヨは慌てて湯船に浮かぶアヒルに掴まったが、アヒルはくるんとひっくり返り、結局ヒヨは沈んでいった。
翌日。いつもより重たい鞄を持ちながら俺が登校すると、待ちかまえていたように銀髪の男が現れ、ノートと教科書を渡すと足早に去っていってしまう。
「別に俺は平気だから、本当はもっと話しがしたいよ」
肩に乗っかっている鏡餅が、騒ぎ出す。
「俺はもっともっと、お前を知りたい! 何故なら俺は……ふぎゃっ! ちょっとシラン目が怖いよ、な、なにするのっ」
ヒヨの言葉を全て否定しきれないのが、悔しくて俺は、ヒヨを校庭の隅に埋めた。ヒヨの頭から生えてる赤い花が揺れて、まるでそこに咲いているようだ。
「放課後に覚えてたら掘り起こす」
「そ、そんな~! ボクが居なかったらヒヨヒヨステッキが使えないんだよ、いいの?」
「素手でやる」
結局、昼休み前には掘り起こしてしまった俺は、やっぱり甘いのかもしれない。