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囚われ魔法少年

 あの文化祭から月日は流れ、まるで何も無かったように俺達は毎日をこうして過ごしている。

 鞄に教科書を詰めて、俺は人も疎らになった教室を後にした。

 背後の校庭からは運動部の掛け声が聞こえ、ふと見上げた空は美しい茜色に染まっていて感傷的にもなる。

 俺は門から外へでると思わず引き返したくなった。

 体格が良くいかにもガラの悪そうな男達が数人たむろしている。そしてその男達は俺を見ていた。だが生憎俺にはそんな友人は居るわけもなく、何故待ち伏せされているか理由が分からない。

 俺の中で運動会に流される音楽が流れる。

 全力疾走、俺は飛び跳ねるように逃げ出した。振り返らずとも足音が俺を追いかけてきているのが分かる。

 男達から数メートル離れた辺りで息が上がり速度が落ち始めた。息が苦しい。

 体力には自信がないのだ。

 俺はあっという間に男に捕まってしまった。


 いつかこんな日が来るかもしれないとは思っていた。だがこんな漫画のような事が本当に起きるとは。

 俺は薄暗い路地裏に連れてこられてしまった。

「お前、銀髪と仲良いらしいな。アイツに用事があんだよ、ちょっと呼べよ」

「呼ぶもなにも連絡先なんか知らないぞ」

「しらばっくれんな!」

 男の怒鳴り声が響く。空はいつの間にか優しい茜色から深い闇色にその表情を変えていた。 どうにか逃げられないだろうかと思考を巡らせる。 体格の良い男が四人俺を囲んでいるこの状況。

 あ、無理だ。

 俺はいつの間にか追い込まれ背中が壁につく。逃げ場が失われた。

「いや、だから本当に知らない。金あげるから電話帳でも買ってきたらどうだ」

「なめてんのか!」

 火に油を注いでしまったようだ。男は壁に手を付き俺の逃げ場を完全に塞ぐ。

 男が手を振り上げてきて俺は思わず目を瞑る。

 だがいつまで経っても痛みは襲って来ない。

 恐る恐る目を開けると男と目が合った。茶色い髪は堅そうで、太い眉に油が少し浮いた肌。肩幅は広く男らしさを窺わせるそんな男がまじまじ俺を見ている。

「……なんだ」

「お前、アイツの女か?」

「そんなわけないだろ」

 じゃあ確かめてみようと男達が笑い出す。体を嫌な汗が這う。男は俺の制服のボタンを掴み乱暴に引きちぎった。

 またか、と思わずには居られない。帰ったらまたボタンを縫わねばならないようだ。この前も縫ったばかりだというのに。何故皆揃ってボタンを引きちぎるのだろうか。

 なんて余計な事を考えている間にあれよあれよと脱がされていく。

 止めろと言っても暴れても抵抗虚しくワイシャツははだけてしまった。男達は興奮したようにズボンのベルトに手をかける。流石にそれは阻止せねばと暴れると男の顔に手が当たった。

「いってぇな! ちょっとは大人しくなれ」

 男が再び手を振り上げる。

「ぎゃあ!」

「ぎゃあ?」

 俺の声ではない。男が振り返ると男の他の仲間が地面に倒れていた。

 そしてそこに佇む夜の闇を背負った男の銀色の髪が、夜風に揺れる。

 俺の頭に得意げに笑うヒヨが乗っかった。

「プリン十個ね」

「虫歯になるなよ?」

 ヒヨは小さく笑っていた。ヒヨの姿は俺以外には見えないが、何らかの手段を使ってソウを呼んだのだろう。ギルではなくソウを呼んだのには何か意図があるのかそこまで俺には分からない。

「やっとお出ましか」

 俺に殴りかかろうとしていた男が俺から離れ銀髪の男、ソウに近寄り殴りかかった。

 だがソウは軽やかにそれを避けて、男に出来た隙を狙い強い力で反撃を開始する。無駄のない動きで男を追い詰めていく。

 思わず見惚れるようなその動きに溜め息すら零れる。

「おい馬鹿、さっさと逃げろ」

「あ、ああ」

 はっと気付き体を動かそうとした瞬間、一人の男に突然体を羽交い締めにされた。首に冷たい物が突き付けられ体が強張る。目だけ動かし確認すれば予想通り突き付けられたそれはナイフだった。思わず体が固まる。

「動くなよ、動いたらコイツが怪我するぜ」

 よろけていた主犯格の男が嫌な笑みを浮かべソウに近づく、その顔には余裕すら窺えた。

 だが、男の思惑は外れソウは思いっきり男を殴り飛ばした。男は地面に倒れ動かなくなる。

 俺も、俺を羽交い締めにしていた男も呆気にとられていた。

 ソウは俺の腕を乱暴に掴み引き寄せる。

「オレに用があんならオレに直接言え」

 立っている男は動けなくなってただ見ているだけだ。それはそうだろう、普通なら慎重に行動すべき場面であんなに豪快に殴るなんて誰が予想出来るだろうか、なんて思いながら俺は強い力で腕を引っ張っていくソウの後ろ姿を見ていた。 路地裏から離れ、ソウが働いているコンビニの前まで来たところで手が離される。

「あ、ありがとう」

「……もうオレに近寄るな」

「……え?」

「ノートも何も要らねーから」

 そう冷たく言うとソウは俺に背を向けて夜の闇の中へと去っていってしまう。

 俺はただその場に立ち尽くしていた。


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