ギブミー★チョコレートボーイ
殺気立っている。
俺は教室に入るなり肌に感じた異様な殺気に思わず引き返したくなった。この殺気の理由を探し携帯のカレンダーを見て納得する。明日はバレンタインだ。
女子に人気の男子は例え男子校に通っていても沢山のチョコレートを手にするが、そうでない者は身内チョコで一日を終える。
ちなみに俺は母親が今、日本に居ないので身内チョコすら絶望的だ。しかし大して気にしない。
「シラン! お前も身内チョコ組だよな仲間だよな」
クラスで大して仲良くもないやつに絡まれた。
「まあ、そうだな」
「おいおいシランを巻き込むなよ」
桐が困った顔で寄ってくるが、
「黙れチョコ魔神め! 僕は知ってるぞ貴様が可愛らしい包みのチョコを抱えていたことを」
「チョコ魔神って」
どうやら桐は女子からチョコレートを貰っていたようだ。だから身内チョコ組から敵対視されているらしい。
「それでシラン、頼みなんだが」
ぞろぞろと身内チョコ組が詰め寄ってくる。
恐怖を感じた。
「な、なんだよ」
「あの文化祭の時の格好でチョコを僕達に恵んでくれ!」
「はあ? 嫌に決まってるだろう。大体、女装したって俺は男だぞ。男からチョコを貰って嬉しいのか? 虚しくなるだけだろう」
これだけはっきり言えば目を覚ますだろう。今日は普段あまり会話をしない俺にしてはよく喋った。一年分は喋ったに違いない。
「いや、僕達は……可愛ければそれでいい!」
「いいのか!」
呆れて言葉が出て来ない。身内チョコ組の一人である少し肥えた生徒が自分の一眼レフを取り出して見せる。
「ちょっと見てみてよこれを、ボクのコレクション」
そこには可愛らしい衣服を見事に着こなす少女達が映っていた。
「どうだ、可愛いだろ」
「確かに」
「こんな子にチョコ貰えたら嬉しいだろ」
「まあ」
これと先程の会話になんの関係があるだろうと首を傾げると、身内チョコ組が不敵にニヤニヤ笑い出す。
「この子達、みんな男の子だよ」
「は?」
「だから男の子から貰っても嬉しいんだよ分かったか」
「分かるか!」
もはや漫才のようなやり取りに呆れてくる。だが俺を取り囲む奴等の勢いは凄まじく皆目が本気だ。だが本気の使い所を間違えている気もする。
結局俺は嫌だと言いながらも勢いに押されて承諾してしまった。
「はあ……」
「大変だねシランも」
「……あんな恥ずかしい思いは人生のうちに一回で充分だろう……なんでまた女装なんてしないといけないんだ」
肩に乗っかったヒヨが慰めるようにその小さな手で俺の頭を撫でるも俺の気持ちは晴れず、市販のチョコレートとバレンタインのチョコ作りと書かれたレシピ本を抱えて家に帰った。
正直料理に自信はない、いつも食事はコンビニ弁当等が主だ、それに食べなくても俺はあまり空腹が気にならない方だから食事はいつも適当に済ませてしまう。だから料理なんてしたことがないに等しい。ましてやお菓子作りなんて出来るのだろうか。
だがレシピ本に書いてある「初心者でもラクラク! 簡単チョコレート」という言葉を信じてやってみることにした。
「まずはチョコレートを溶かすんだよね」
ヒヨが口の周りを汚しながらチョコレートの包みを開けている。
「摘み食いするな」
チョコレートを取りあえず電子レンジで温めてみた。
何分かすると溶け出してくる。どうやら成功したみたいだ。そこにレンジに書いてあるものを入れていく。
だが、これだとレシピ通りになってしまう。それでは面白くない。
俺は冷蔵庫を開けた。
「着色料なしにこの色をだすなんて、シラン……ある意味天才なんじゃない」
ヒヨは俺の作ったチョコレートを形に流し込みながら呟いた。
出来上がったチョコレートを可愛くラッピングすれば俺のバレンタインのチョコ作りは幕を閉じる。
翌日の放課後。
流石に文化祭でもないのに女装していたらただの変態だと想われてしまうため俺はレンに頼み演劇部の部室を借りることにした。
化粧や衣装等もレンに手伝ってもらい、張り切ったレンの手により俺は再び女装男子となった。
「なんだか……目覚めそうだ」
ちょっと楽しくなってきたなんて絶対に思いたくないのだが、ちょっとだけ心境に変化が起こっているようだ。
準備を済ませると部室に身内チョコ組が入ってくる。
「シラン……、君に頼んで良かった!」
喜んでもらえたようで俺もなんだか嬉しくなる。
「写真いい?」
「いや、写真はちょっと」「ボク、のこと……お、お兄ちゃんって呼んでくれるかい?」
「いや、それはちょっと」
「な、なんだか緊張してきた」
「おいおい」
無茶振りをなんとか交わし、チョコを配ると身内チョコ組は踊り出しそうな足取りで部室を出て行った。
「レンもすまない、こんな事に付き合わせて」
「構わないよ、すっごく楽しいから。またやらせてね化粧」
「レンもよかったら食べるか?」
チョコを取り出すと、レンは嬉しそうに目を輝かせた。
部室が優しいオレンジ色に染まる。その光のせいかは分からないが、レンの顔はほんのりと茜色に染まった。
俺は制服に着替え直し部室を後にする。次に目指す場所は医務室だ。
扉の前に立ち、ドアをノックするとゆっくりと扉が開かれた。
「お、シランじゃねぇか。どうしたんだ?」
「あ、えっと……日頃世話になっているから、チョコを」
「あ、ああ! 今日バレンタインだったな」
チョコを差し出すとギルドラは少し驚いたような顔をしてそれを受け取り俺の頭を軽くわしゃわしゃとかき混ぜた。
ギルドラは早速包みを開けていたが、やはり目の前で食べられるのは恥ずかしいので俺は足早に医務室を出る。
瞬間、何かが倒れる物音がした気がした。
廊下を歩いているとヒヨが焦ったように飛んでくる。
「シラン、もうチョコ配っちゃった?」
「ああ、どうかしたか? あ、ヒヨの分もあるぞ」
「えっと、言いにくいんだけど……シランが作ったチョコ……食べるとなんか体が痺れて動けなくなるんだよね」
「…………」
「昨日こっそり摘み食いしたら気絶しちゃったよ」
「なんでもっと早く言わないんだ、身内チョコ組の奴等にもうあげたぞ」
「任せて! ボクがこっそりシランのチョコと普通のチョコを入れ替えてくるから」
そう言うとヒヨは慌てて飛び立っていった。今朝冷蔵庫の前でヒヨが寝ていたのは寝ていた訳ではなく、気絶していたのか。
俺は手に持っていたチョコを見て泣きたいような気持ちになる。
不味いチョコをあんな恥ずかしい格好で配っていただなんて、考えただけで消えてなくなりたくなった。
後はヒヨを信じて皆が食べない事を祈るしかない。俺は俯きため息をついた。ふと視線をあげると目の前にいつの間にか銀髪の男ことソウが立っていて、俺は慌てて手にあったチョコを隠す。
少女漫画の主人公か俺は。
あからさまな態度に自分で思わず突っ込みを入れてしまう。
「今なに隠したんだ」
「いや、……なにも」
ソウはジロジロ俺を見てそれから、俺の腕を掴みあげた。
「痛っ」
「なんだこれ、チョコか? 薬かと思った」
「誰が学校にそんなもの持ち込むか」
興味を無くしたようにソウは包みを摘んで揺らしている。
「誰に渡すんだ?」
「誰にも……」
「じゃあ貰う」
「駄目だ! それはかなり不味いから食べたら気を失って倒れるぞ」
俺が慌てて言うのにも関わらずソウはケラケラと笑って、包みを開くとチョコを口に入れた。
「おいっ、無理しなくていいって吐き出せよ」
「……甘い」
一言呟き舌を出して、眉間にシワを寄せるとくるりとソウは俺に背を向ける。
「けど、倒れなかったぜ」
振り向き勝ち誇ったような顔で言うとソウはそのまま歩いて行ってしまった。
「全く、なんなんだアイツは」
俺は思わず笑ってしまう。もしかしたらヒヨは大げさなのかもしれない。
俺はヒヨ用に残しておいたチョコを試しに食べてみた。
瞬間視界が歪み、気付くと翌朝になっていた。ぼんやり自宅の天井を眺めながら次からはちゃんと味見をする事を決意した。
翌日になり、俺は恐る恐る教室に入る。
身内チョコ組みが集まってきた。
「ありがとうなシラン! 素敵な夢がみれたよ。食べた瞬間ビビってきてすぐに夢の中だ」
「……え?」
「俺も俺も! 食べた瞬間すぐ寝ちゃって……いい夢が見れた」
「…………」
後に聞いた話によるとどうやらヒヨは交換出来なかったらしい。だが身内チョコ組は気絶したことにより良い夢を見たらしく、自分達が食べたチョコの味すら分からなかったようだ。
レンは勿体なくて食べられずに居たようで、後日訳を話したら「気持ちが嬉しいからあのままとっておく」と言ってくれた。
ギルドラにはちょっと怒られたが大したことないと笑ってくれた。
こうしてバレンタインは終わったのだ。
いつものようにノートを借りにきたソウに俺は疑問をなげかける。
「ソウはなんで倒れなかったんだ?」
「なんの話だァ?」
「この前のチョコ……」
「ああ、あれか」
悪戯っぽくソウは笑って俺に耳打ちした。
「……っ!」
俺は耳から顔まで一瞬にして熱くなりソウの顔をろくに見れなくなる。
バレンタインなんてもうこりごりだ。