智尋の事情。・4
「あ、あの、これ…、」
日曜日。
美咲と千洋が病室に来て自己紹介もそこそこに、千洋がまた母にiPodを差し出してきた。
「…あぁ、もしかしてまた綺麗な音楽?
前、智尋に曲を選んで渡してくれたのはあなただったのね。
ありがとう…。」
「あ、その、こ、これは、違います…。」
「え?」
口をパクパクと上手く説明出来ないでいる千洋に美咲が助け船を出すように、
小さいスピーカーを取りだした。
「とりあえず聞いてみてくれますか?」
スピーカーをiPodに繋げ、流れてきた音楽はとても綺麗な曲だった。
しかし、以前、千洋からもらった曲はクラシックやピアノ曲だけだったが、
これはどうやら違うようだ。
「…とても綺麗な曲ね…。」
母は目を瞑り、その曲に聞き入っていた。
特に音楽に詳しくもないので、わからなくても不思議ではないのだが、
初めて聞いたその曲に智尋もただ聞き入っていた。
曲が終わった。
それと同時に、病室の時間もまだ動き始めたような気がした。
だが、すぐ同じ曲が流れだした。
リピート機能にしていたのだろうか?
そんなことを思ったが、その曲には高く細い、綺麗な女の人の声が入っていた。
「歌…?」
曲に支配されていたこの病室が、今度は歌に支配されていく。
誰もその支配を乱すことなく、また曲が終わった。
いや、終わってしまった。
「…どうですか? この曲。気にいっていただけました?」
歌の余韻が抜けないまま、母は美咲の質問に無言で頷いた。
「やったね、ちーちゃん。」
美咲は嬉しそうに千洋に両手を広げて、
千洋は照れながら、でも、嬉しそうにその両手にタッチで答えた。
「この曲は…、」
ポツリとつぶやいた母の言葉に、美咲は笑顔で答えた。
「実はこの曲、私たち、3人で作ったんです。」
「作った…? 3人…?」
「はい。私とちーちゃんと和葉兄さんで。」
「和葉さんっ?」
予期していない所で和葉の名前が出たので、智尋は声を上げてしまった。
智尋の驚きにちょっとびっくりしたが、母が美咲に聞いてきた。
「…和葉さんって、今、智尋がお世話になっている…、」
「はい。私たちの兄さんです。」
美咲は高校生。千洋は中学生。
とても学生が作ったような曲とは思えない。
だが、ここで和葉が出てきたことで、この完成度をなんとなく理解した。
和葉の仕事は舞台の音響だと聞いたことがある。
「作詞、作曲は兄さんがしたんですよ。」
「えっ? 和葉さんって自分で曲も作るんですかっ?」
「あら、智尋。知らなかったの?」
智尋の驚きに美咲はキョトンとした。
「舞台の音響としか…、」
仕事部屋にあるよくわからない機械たちは、舞台用に音を編集するものだと思っていた。
「それも間違いじゃないけど、曲を書いて、その曲を劇団に提供するのが兄さんの本職よ。
それから曲のメロディパートはちーちゃんがキーボードで弾いて、歌は私が歌ったの。」
「あの歌声はあなたのなの?」
母が驚いて美咲に聞いた。
「はい、そうですよ?」
普段から声が通る人だと思っていたけど、あんな声も出せるのかと、智尋も驚いた。
「どこか変でした?」
母と智尋の驚きに、美咲が少し焦った。
「いいえ。とても綺麗な歌声だったわ。」
「ホントですか? ありがとうございます。」
褒められて美咲の顔から笑顔がこぼれる。
「それから、千洋ちゃん…?」
「は、はい…。」
「すごく綺麗な音だったわ。」
「い、いえ、そんな、ことは…、」
千洋は顔を真っ赤にして、美咲の後ろに隠れた。
「この曲を作った和葉さんもすごいけど、お二人とも、すごいのね。
きっとプロになれるわ。」
「はい。目指してますから。」
母の言葉に美咲は真っ直ぐ言葉を返した。
「まぁ、それじゃ、将来は歌手? 千洋ちゃんはピアニストかしら?」
「私は舞台女優を目指してます。兄さんが作った曲を舞台で歌うのが夢なんです。」
美咲は嬉しそうに夢を語る。
そこに迷いはない。
「わ、私は、ピ、ピアノの先生に…。」
声は小さかったが、千洋も自分でしっかりと夢を告げた。