智尋の事情。・3
それからすぐ、手術の日取りは決まり、手術は無事成功した。
そして、抗がん剤治療に入った。
マンガやドラマで見るような事が起こる。
そう思うと心配で仕方がなかった。
抗がん剤治療が始まってすぐ、母の病室に行くと彩香がいた。
「彩香…さん?」
「あら、智尋、お帰りなさい。早かったわね。」
「どうして、ここに…?」
「私でも手伝えることがあるかなって。
永久がいるから、そんなに長い時間いれるわけじゃないけどね。」
ニッコリと彩香は言った。
それから智尋が学校に行ってる時、彩香が頻繁に見舞いに来て、
母の世話をしてくれ、話し相手になってくれた。
副作用で髪が抜け始めた頃、収まらない吐き気と具合の悪さがあいまって、
さすがに母の精神が参ってきていた。
そんな時、突然、数種のカツラとヘアメイク道具をスタッフに持たせて、千華子が派手な服で現れた。
「ち、千華子さん?」
母をじっと凝視したかと思うと、呆気に取られている母にカツラを次々被せ始めた。
「う〜ん、これ、…いや、こっちね。」
納得したカツラを見つけると、母をベッドから下ろし、椅子に座らせ、スタッフに身体を支えさせた。
それから母にカツラを被せたままカツラを切っていく。
母に似合うヘアスタイルにし、痩せてげっそりした母にピッタリのメイクを施す。
「女はいついかなる時でも、美しくなれるのよ。」
そう言って母に鏡を見せて、母を驚かせていた。
そして千華子は、自分の作品の出来に自分で惚れ惚れして、
「じゃあ、そろそろ時間だし、私、帰るわね。」
そう言ってスタッフを引き連れ、早々に去って行った。
和葉曰く『良く言えば、自分の道を真っ直ぐ進む人』、と聞いていたが、
想像以上にその通りだったので、母と二人、しばらくポカンとしてこの日は笑った。
そして千華子が置いていってくれたカツラは、市販のどのカツラよりも母に似合っていた。
後日、そのことを彩香に話すと、
「カツラのことは確かに頼んでいたのだけど、あの子、直接ここに来たの?」
驚いて、額に手を当て、溜息をついていた。
「失礼なことしなかった?」
「いえ…、」
失礼と言えば失礼なのだろうが、そんなことを感じる暇などないほどの早業だった。
「でも、本当に腕はいいのよ、あの子。
智子さん、そのカツラ、どう?」
「えぇ、とても気に入っています。ありがとうございます。」
「でしょ? けど、ごめんなさいね。
まさかここに乗り込んでくるとは思ってなかったから、驚いたでしょ?」
彩香は苦笑していたが、母は楽しそうに笑っていた。
彩香が病院から帰る時、智尋は病院入り口まで送った。
「あの、いつも本当にありがとうございます。」
「やだ、何言ってんの。可愛い弟の大事なお母様だもの。
このぐらいして当然じゃない。」
ニコニコと笑って返事を返す彩香は、本当にそう思ってくれているんだと思う。
「そういえば、美咲とちーが今度の日曜、お見舞いに行きたいって言ってたけど、大丈夫かしら?」
「はい。大丈夫です。」
「そう。あ、あと、そのあとまた一緒に夕飯を作って食べましょうって。」
「…あ、それは…、」
最近は面会時間ギリギリまで居ることが多くて、和葉にも、まともなご飯を作れないでいる。
「たまには早く帰って休みなさい。智子さんも無理をしてるんじゃないかって心配してたわよ。」
「母さんが?」
「心配している人に心配かけちゃダメよ?」
彩香の有無を言わせぬ笑顔に智尋は『うっ』となる。
「…気をつけます。」
「よろしい。」
ばつが悪そうに言った智尋に彩香が優しく笑いかけた。