智尋の事情。・2
「おはよう、智尋。」
朝、起きると、和葉がリビングで、昨日、美咲が作った夕飯を食べていた。
帰ってきたばかりなようだ。
「お、おはようございます、和葉さん。」
いつもと変わらない和葉。そんな和葉に少し言うのを躊躇った。
和葉はもう知っているのだから、言わなくても良いんじゃないかと思ってしまう。
そう何度も口にしたくない事なのだから。
きっと和葉も自分から聞いてくることはないだろう。
しかし、世話になっている身なのだから、報告はきちんとしなければ。
「あの、和葉さん、ちょっといいですか?」
「ん? なに〜?」
食べながら、顔だけがこちらを向いた。
「あの、一樹さんから聞いたと思いますが、母が…、」
「うん、知ってる。」
最後まで言う前に、和葉はさらっと答えた。
智尋は呆気に取られた。
「あ、あの…、」
「それで?」
「え?」
食べていた箸を置き、テーブルに向けていた身体を智尋の方に向け、
智尋を真っ直ぐ見て和葉は聞いてきた。
「ちゃんと一人じゃないってわかった?」
昨日、美咲に言われた言葉を思い出した。
「…はい。」
「じゃあ、戦う覚悟は?」
「戦う?」
「智子さんと一緒に病気と戦って勝つ覚悟。
早いうちに諦めて負け戦…なんて、俺は嫌いだよ?」
少々睨みを利かせて和葉は言い放った。
その睨みに驚きはしたが、和葉の目から視線を外すことは出来なかった。
「…大丈夫です。負ける気なんてありません。」
智尋が和葉の目を見たままそう言うと、途端、和葉はいつもの笑顔に戻った。
「そっか。なら、俺から言うことはもうないけど、智尋は何か言いたいことある?」
「え、えっと…、」
空気がピリピリしたと思ったら、もうそんな気配はなく、
智尋は頭が真っ白になった。
そんな智尋を見て和葉はニッコリ笑った。
「今日も良い天気になりそうだぞ。洗濯日和ってやつかね?」
智尋から視線を外し、ベランダにと続く窓を見る。
つられて智尋も外を見て、
そういえば洗濯そろそろしなきゃか?…なんてどうでもいいことを思ってしまった。
「よしっ。今日は俺が洗濯をしよう。
いつも智尋に任せっぱなしだからな。」
和葉の声ではっと我に戻った。
和葉はすでに身体の向きをまたテーブルに変え、食事を再開させていた。
「あ、あの和葉さん、」
「ん?」
頭はまだ真っ白だったが、何か言わなければと思って口を開いたら、
「あ、ありがとうございます…。」
この言葉が出てきた。
とっさに出てきた智尋の言葉に和葉はキョトンとしたが、
「…どういたしまして。」
優しい笑顔でそれに答えた。