始まり。・2
日曜日。高遠家、玄関。
「兄さん、お帰りなさい。」
笑顔でお出迎えをしてくれたのは、実妹の美咲だ。
「ただいま、美咲。元気だったか?」
「うん、もちろん。」
靴を脱ぎ、広間に向かう。
兄弟、みんなが集まる時は大抵この広間である。
「兄さんは? ちゃんとご飯食べてる?」
「はは…っ」
この質問は視線を横に流し、苦笑するしかない。
近くのファミレスとコンビニの店員とはすでに顔見知りだ。
たまに食べるのもめんどくさくて、寝てしまうこともしばしば。
そんな和葉の反応に美咲は肩を落とし、溜息をついた。
「駄目よ、ちゃんと食べなきゃ。あ、私、作りに行ってあげようか?」
「お前、今年、受験だろ?」
痛いところを和葉につかれて美咲は『うっ』となる。
「まだ、平気よ。それに私こう見えて成績もいいのよ?」
「それは知ってるけど、ダメ。」
和葉の言葉に美咲は目に見えてガッカリした。
美咲は自他共に認めるブラコンである。
下手に許可を出すと、勉強そっちのけで部屋に通い詰める可能性がある。
和葉もそれを知っている。
しかも美咲の学校は和葉のマンションより、この家からの方が近い。
そうそう許可を出すわけにはいかないのである。
広間に着くと、もうすでに全員揃っているようだ。
「俺が最後か。」
ポツリと言葉を漏らすと、
「そうよ、和葉。まったく、これから同棲する相手が一番遅いなんて、駄目よ。」
抜群のスタイルと美貌を持つ美女が、和葉に近づいてきた。
「…千華子姉さん。同棲じゃなくて、同居…。」
元モデルで今も世間を賑わすことが多い、二女の千華子である。
「そうよ、姉さん。変なこと言わないで!」
「そうよ、お母さん。」
美咲の反論に乗っかるように千華子を責めてきたのは、娘である雨音である。
「和葉お兄ちゃんは私の将来の旦那さんなのよ。変なこと言わないでちょうだい。」
雨音は小学高学年になってから、ませてきた。
そのころから和葉のお嫁さんになると、豪語するようになった。
「あ、雨音、変なこと言わないでちょうだい!
兄さんはロリコンじゃないんだから、誤解されたら迷惑でしょ!」
「あら、最近は年の差カップルが増えてるし、別に変なんかじゃないわ。
雨音が美咲姉さんくらいになれば、誰がどこから見たって、お似合いのカップルになってるわよ。」
「だからって兄さんが姪に手を出すわけないでしょ?!」
「それなら実の妹に手を出すことなんてもっとないじゃない。」
「な、私と兄さんをそこらへんの兄妹と一緒にしないでっ。」
最近、この二人が揃うと、こんな感じだ。
「相変わらずモテモテねぇ〜、和葉。」
「関心してないで止めてよ、千華子姉さん…。」
諦め半分で和葉は肩を落としながら、千華子に言う。
「あら、良い女が自分を取りあうなんて、男冥利に尽きるじゃない♪」
だからって、自分の娘が自分の弟と結婚するのもそうだが、
自分の妹との争いを楽しそうに見つめるのはやめてほしい。
和葉は自然とため息が出た。
「騒がしいな…。全員揃ったのか?」
襖を開けて入ってきたのは一樹だった。
その後ろに学生服を着た青年。
青年は広間にいる人間を逡巡してから、視線を床に落とした。
「えー、彼が今度、和葉の所に同居することになった井上智尋くんだ。」
まるで転校生を紹介する学校の先生のようだ。
「和葉。」
和葉の名前を呼んで手招きをされたので、
「はいよ。」
二人に近づく。
智尋の側に立つと、和葉の視線は若干上を向く形になった。
「はじめまして、智尋。これから一緒に住むことになる和葉だよ。
よろしく。」
手を差し出すと智尋は戸惑いを見せたが、おずおずと手を出し、握手に応える。
「…よろしく…お願いします。」