美咲の事情。2
和葉のマンションのインターホンを押す。
少しでも何かあれば、やはり和葉に会いたくなる。
このままではダメだとわかっているけれど、やっぱりダメだ。
『はい。』
智尋の声がする。
「智尋〜。私。」
カメラに向かって手を振る。
『美咲さん? 今、開けます。』
ドアの鍵がガチャリと外れる。
そしてドアが開いて智尋の顔がちょこんと出る。
「お待たせしました。」
迎えられ部屋に入る。
始め、和葉が一人暮らしをすると聞いた時は驚いた。
『どうして?』と泣きそうになりながら、和葉を問い詰めた。
…私が嫌いになったのだと思った。
私より、冬子さんを選んだんだと思った。
でも和葉は『違う』とハッキリと言った。
「今日、兄さんは?」
玄関にあるホワイトボードには何も書いてなかった。
美咲の質問に智尋は少し驚いた顔をする。
「和葉さんの予定を知らないって、なんだか珍しいですね。」
いつもなら和葉に連絡してからここに来る。
でも今日はなんとなくこっちに足が向いただけで、連絡をしなかった。
「和葉さんなら今、仕事部屋に籠ってますよ。」
ついこないだ舞台の千秋楽を迎えた。
次の舞台の準備か曲作りで忙しいだろうという予想は付いていた。
仕事部屋は防音でこっちの会話は部屋には聞こえない。
「…ねえ、智尋?」
「はい?」
「兄さんって、ここに誰か連れてきたことある…?」
言いにくそうに美咲は智尋に聞く。
「? 特には…。あ、でも僕が学校言ってる時はわかりませんが…。」
「…冬子さんも?」
「え?」
つい口から出てしまった言葉に美咲はハッとする。
「ごめん、智尋に聞いてもわかんないよね〜。」
苦笑して誤魔化してみたが、自分らしくない行動なのは自分でも自覚があって、
智尋も美咲の態度に首をひねっている。
「…冬子さんって、和葉さんの恋人の…?」
智尋の言葉に身体がピクッと反応する。
「…それ…、穂波が言ってたの…?」
「あ、いや…えっと、そう…ですけど、和葉さんは違うって…、」
自然と声が低くなって、智尋が「しまった」と顔を引きつかせる。
美咲には禁句だったと思ってるんだろう。実際その通りだし。
美咲は一つ、大きな深呼吸をして身体から力を抜いた。
「…千華子姉さんと穂波は面白がっていつもそう言うのよ。」
しかも最近では雨音まで嫌味のように言うようになった。
雨音はまだ子どもで伸びしろがある。しかし私の身体は今がピークなので、
自分が完全に不利な状況で使う最終手段、『伝家の宝刀』なのだ。
「でも、和葉さんはちゃんと否定してましたよ?」
智尋が気を使ってくれている。
「そういえば、智尋は冬子さんのこと、知ってるの?」
「このあいだ、母さんと舞台を見に行きました。
それから和葉さんに楽屋に連れてってもらって、少し話しました。」
「素敵な人だったでしょ?」
「…えっと…、」
智尋の目が泳ぐ。
自分の前では言いにくいのだろう。よくわかっている。でも、
「いいのよ。本当のことだもの。
演劇も歌も性格も、知れば知るほど素敵な人…。」
それは否定したくても否定出来ない事実。
「…美咲さんも充分、素敵ですよ?」
「ありがと。」
智尋は優しい子だ。
美咲はニッコリ笑った。
中途半端な状態で終了してしまうこと、
大変申し訳ありません。
もし、『ただいま~』の誰かをまた書くことがあっても、
番外編として、この章とは別に書かせていただきますので、
ご了承ください。




