和葉の事情。5
和葉は壁に寄りかかりながら座る。
冬子は飲み物が入ったカップを2つ持って、一つを和葉に差し出す。
和葉はそれを素直に受け取った。
冬子は部屋の中央に位置している小さなテーブルにカップを置き、
和葉の方を向いて座った。
「いつもなら君が路地裏に数人の男に連れられて、君だけが戻ってきてた。
でも今日は君が路地裏から出てきた後、救急車が来た。
いったい何があったの?」
「いつもの喧嘩にナイフを持ち込んだ馬鹿がいた。それだけだよ。」
和葉は騒ぎになった要因を、冬子に簡潔に話した。
渡された飲み物に和葉は少し口を付ける。
「ふむ。それであの騒ぎなわけね。…で?」
冬子はその説明で納得したようだが、続きを聞いてくる。
「…で…って?」
今夜の騒動に、それ以上の説明などない。
「私は君のことも教えてほしいって言ったわよ?」
冬子はニッコリと笑った。
しかし和葉は何を言って良いかわからなかった。
「…俺の何を知りたいんだ?」
「そうね、回りくどいことは嫌いなの。単刀直入に聞かせてもらうわ。」
「?」
「どうしてあんなことを繰り返してるの?」
「………。」
『あんなこと』とは喧嘩のことだろう。
いつもの場所で、いつもの奴らに、声をかけられるのを待っている。
「初めて君を見つけた時、すごく遠い目をしてた。
毎日毎日私の所に来て、遠くを見ていた目がちゃんと私を見るようになって嬉しかった。
でも、君はまた私を見なくなった。」
冬子はカップに口をつけ、すぐ、和葉を真っ直ぐ見た。
「私の歌を聴きに来たんじゃなくて、絡まれることが目的になった。
君は何がしたいの? ストレス発散? それともただ喧嘩がしたいだけ?」
俺は何がしたかったんだろう…?
冬子の質問を自分自身にも問いかけた。
喧嘩がしたいだけ?
「…少なくとも最初は違ってた。
でも、似たようなことは考えてたよ。」
「似たようなこと?」
「合気道、柔道、空手、…試合ならいくらでも出来る。
でも、そんな形式を則ったモノで本当に『実戦』で使い物になるのか。
そんなことを考えてた。」
「『実戦』?」
「そう。本当に襲われている人間を助けられるかどうか。」
冬子は戸惑った顔をした。
「…君、普段、一体どんな生活してるの?
私、君は良いとこのお坊ちゃんだと思ってたけど、『実戦』って…。」
この平和な日本で、警察か自衛隊にでも入らない限り、
『実戦』をすることなんて、まず、ないだろう。
せいぜい護身術程度だ。
「『良いとこのお坊ちゃん』っていうのは正解。
オヤジが俺たちを正式に養子として引き取ってくれたから、
血の繋がりがなくても、俺が高遠の人間には変わりない。」
「…高遠? どっかで聞いたことがあるような…?」
「結構でかいグループ企業だ。聞いたことがあるかもしれないな。」
「養子っていうのは…、」
「そのままの意味だ。」
俺は冬子にほんの十数年しか生きていない自分の過去を語った。
母親のこと、自分が生まれた経緯、母の面影、妹の美咲。
高遠の家に引き取られて、新しい家族がいること。
その家族を本当に大切に想ってる事。
…どうして今、こんなことをしてるのか。全部話した。
冬子は最後まで、飽きることなく静かに俺の話を聞いていた。
「…君は自分のことしか考えてないのね。」
「…え?」
冬子の言葉に和葉はピンとこなかった。
ずっと妹を、家族を守りたいと考えてきた。
でも、そこに自分はいない。
なのに冬子は、和葉は自分のことしか考えてないと言う。
「大切な人を守りたいって君は言うけど、
もしかしたらその人は、君に守って欲しいと思ってないかもしれない。
君はその人がどんな想いか、考えてない。それじゃ、自分の感情の押し付けだわ。」
冬子の言葉を聞いて、兄さんたちの心配そうな顔を思い出した。
「…そうかもね。」
守りたいと大切だと思っている人の表情を曇らせてるのは、
冬子の言うとおり、自分自身だ。
「…君はお母さんのことが好きだったんだね。」
「へ?」
線が細くて、儚げで、作り物の笑顔しか記憶にない母。
好きとか嫌いとか、特に考えたことがなかった。
「だって、お母さんを守りたかったんでしょう?」
「………。」
「君はお母さんのことが好きで、守りたかった。でも、出来なかった。
君は妹ちゃんをお母さんの変わりにしようとしてる。
君が見てるのは妹ちゃんじゃなくて、お母さんだよ。」
ようやく忙しさも一段落しました。
焦らず、自分のペースでまた書いていきたいと思いますので、
よろしくお願いします。




