穂波の事情。・4
夕飯を食べ終え、しばし部屋に籠った後、
ようやく穂波は手紙を持って、立ち上がった。
一樹は自分の書斎にいた。
ノックをして部屋に入ると、
自分からは絶対進んで読まなそうな分厚い本を読んでいた。
「…一樹兄、ちょっといい?」
「穂波? どうした?」
入ってきた穂波に気付くと、しおりを挟んで本を閉じる。
「あのさ、ちょっとこれ見てほしいんだけど…。」
何やら浮かない顔をして差し出されたそれは、穂波宛の手紙。
不思議に思いながらもそれを手に取り、送り主を確認すると、
一樹は穂波の浮かない顔の理由を知った。
「…未開封だな?」
「うん…。見ようとも思ったんだけど、気が進まなくて…。」
消印を確認すると、穂波が留学していた日付のモノばかり。
それを順番に並べて、一番古い手紙を取った。
「俺が確認していいんだな?」
もう一度、穂波に確認すると、穂波は小さく頷いたので、開封。
中身を取り出すと、その中には手紙と穂波の写真が入っていた。
「…なに、これ…?」
明らかな隠し撮り写真に穂波は驚いた。
手紙は便せん一枚。
それを読むと一樹は次の手紙を開封。
その中にはまた穂波の写真。
「また? もしかしてこれ、全部に入ってるとか言わないよな…?」
穂波の表情が引きつる。
一樹はまた手紙の内容を確認すると、今度は全ての手紙を開封した。
一番古い手紙に入っていたのは最近の穂波の写真だった。
しかし日付が新しくなるにつれ、穂波が載っている雑誌の切り抜きや、
幼い穂波のになっていった。
穂波はゾッとした。
自分の知らないところで、この女に見張られていた。
気味が悪くなって当然だろう。
しかし一樹は落ち着いたもので、淡々と手紙を読んでいく。
手紙の内容はほぼ同じだったので、そんなに時間はかからなかった。
手紙を置いて一樹は穂波を真っ直ぐ見る。
「穂波、お前に言っていないことがある。」
「なに…?」
一樹の言葉は嫌な予感しかしなかった。
しかし、聞かなければ何も始まらないことも穂波はわかっていた。
「以前、千華子と和葉から、この女性について報告を受けたことがある。」
「千華子姉と和葉兄から…?」
今日、和葉のマンションに行った時は何も言っていなかった。
穂波はゴクリと唾を飲み込む。
「まず千華子からは事務所に不法侵入した者がいて、それが彼女だったこと。
それから和葉からは、お前を付けていた彼女に気付き、
それに気付いた彼女が和葉に危害を加えようとしたこと。」
「な、なにそれ。」
穂波は絶句した。
「まぁ、どちらも大事にならなかったし、
下手にお前に言って脅えさせるよりはいいかと、
このことは和葉から上の兄妹にしか知らせてない。」
「そんな…っ、そんなの勝手に決めるなよっ。」
「悪かった。謝るよ。」
目をそらすことなく言う一樹に穂波は口をつぐむ。
手紙だけでこんな反応している自分がそのことを知っても、
おそらく一樹の言うとおり、何も出来ず脅えてるだけなのは確かだろう。
一樹の言葉が正しいことは誰よりも穂波自身が知っていた。
穂波は悔しさと共に、歯を食いしばった。
「…叔父貴は今、海外で単身赴任している。」
「え…? あの女を置いて?」
この手紙は全て日本からのものだ。
エアメールなど一つもない。
「彼女とは今、離婚調停中らしい。」
「は? …それって2人が別れるってことだよな?」
自分でも馬鹿馬鹿しい質問をしていると思う。
しかし、父親は息子を追い出してまでその女を取った。
その女だって、義理とはいえ息子を悪者にしてまで父親との仲を繋ぎとめた。
それなのに、離婚?
「別れを切り出したのは彼女の方かららしい。
この手紙の内容は叔父貴と別れてお前と2人で暮らしたいというものだ。
…母子としてではなく、恋人として。」
「なに…言ってんの? その女…。」
頭が混乱する。
恋人? あの女と? まだガキだった俺にあんな仕打ちをした女が?
俺を好きだとでも言うつもりか? そして俺がそれに応えるとでも?
馬鹿じゃねぇのっ? 正気かっ?
「…人間、追いつめられるとどうなるかわからんからな。
すまないが、ボディガードは付けさせてもらうぞ。」
「そんな、大げさ…、」
「お前に何かあるよりはいいさ。それに長期戦にするつもりもない。
このことは叔父貴にも報告する。
彼女が犯した行為は立派な犯罪だよ。裁判を起こすことも可能だ。」
なんだか事が大きくなってきて、穂波はどうしたらいいのかわからなくなる。
「だが、穂波。」
「え、あ、何?」
「お前ももう子供じゃない。彼女よりも身体は大きくなったし、力も強い。
叔父貴とも対等に話し合うこともできるだろう。これはお前の問題だ。どうしたいかはお前が決めろ。」
「…俺が?」
一樹の意外な言葉に穂波の頭は真っ白になった。
「そう。…たぶん、それがお前にとって最善の道だ。
そして俺たちは、お前が決めたことに全力を持って協力しよう。」




