穂波の事情。
智尋に続いて、今度は穂波が中心のお話です。
高遠家、昼過ぎ。穂波の部屋。
穂波は荷解きの真っ最中だった。
そんなに荷物はなかったが、部屋の整理も兼ねて結構バタバタとしていた。
そんなところに一樹の長男、雅樹がひょっこり顔を出した。
「ただいま、穂波。」
「雅樹? お帰り。…どったの? 学校は?」
「今はテスト週間だ。」
雅樹の手には高さ5cmほどある長方形の紙の束。
ここに来る途中、使用人が持っていたのを預かったそうだ。
「これ、お前がいなかった一年で届いたお前宛の手紙だって。」
『はい』と渡され、『ほい』と受け取った。
「随分な量じゃね?」
「千華子ちゃんの事務所に届いたファンレターもあるからじゃね?」
千華子は甥姪に自分を『叔母』と呼ぶことを禁じている。
ゆえに『ちゃん』付けである。
千華子は自分でモデル事務所を立ち上げている。
留学前、穂波もバイトとしてそこでモデルをしていた。
そんな回数をこなしていたわけではなかったけど、見ている人は見ているもので、
穂波にもそれなりにファンがついていたらしい。
穂波としては美咲一筋なので、素直に喜べない。少々、複雑な気分だ。
「ちゃんと渡したからな。」
「ん、サンキュー。」
ファンレターは捨てても良いような気がしたが、以前、それで美咲に怒られたことがある。
なので、一度は中身を確認しなくてはならない。
部屋の片づけを一旦、休憩して、手紙の差出人を確認をすることにした。
「…って、これは…。」
差出人は千華子の事務所に届いたファンからが半分、
留学当初、オヤジが間違ってここに送った手紙が2通ほど。
残りの手紙の差出人に、穂波は嫌悪を示した。
消印を見るとほぼ毎月、しかも数回、送られてきている。
その手紙は中身を確認せずにゴミ箱に捨てた。
本音を言うならば、焼き払いたいぐらいだ。
結局、一年間離れていても、自分のように差出人も変わることはなかったということか…。
やる気をすっかり削がれてしまった。
溜息を吐き、部屋の片づけも手紙の確認も何もかも放り出して、穂波は出かけることにした。
着いた先は和葉のマンション。
穂波が留学した時はまだ和葉は高遠の家にいたので、穂波がここに来るのは初めてである。
部屋の前に来て、インターホンを押す。
反応がない。
もう一回押す。
反応はない。
「………。」
ドアにゴツンと頭をぶつける。
「留守…かぁ…。」
地味に落ち込んだ。
しかし他に行く場所も思いつかなかったので、ズルズルとドアの前に座り込んだ。
よく考えれば平日なのだ。
留学から帰ってきたばかりの自分や、テスト週間の雅樹と違って、家にいる方がおかしい。
盛大な溜息を地面に向かって吐き出した。
「…人んちの前で何してんだ、お前は。」
突然、頭から降ってきた声に顔を勢いよく上げると、ちょっと驚いた顔をした和葉がいた。
「和葉兄…。」
来て欲しい時に来てくれた和葉と、小さな奇跡にちょっと感動。
それから初めて和葉のマンションに足を踏み入れた。
「お前は…、俺が帰って来なかったらどうするつもりだったんだ。」
「わかんねぇ…。」
部屋をきょろきょろ見て回りながら、穂波は和葉の質問に答える。
そんな穂波に和葉は溜息をついて、ソファに座るように促した。
穂波はそれに素直に従う。
「今度からは俺の携帯に連絡を入れろ。
たとえ部屋にいたとしても、防音室に入っててインターホンが聞こえない可能性が高いからな。」
「わかった。」
「あ、智尋が帰ってる時間帯なら別に連絡なくてもいいか。
家電でも智尋が出てくれるから。出なかったら俺の携帯な。」
「うん。」
穂波は素直に頷く。
和葉は冷蔵庫からお茶を出して、2つのコップに注ぎ、
一つは穂波の前にのテーブルに、もう一つは持ったまま穂波の向かいのソファに腰を下ろした。
「…で、どうしたんだ? 今日は荷解きするんじゃなかったっけ?」
「うん。気分転換しに。」
返事は普通に返してくる。表情も特に変わってない。
だが、部屋をきょろきょろと見回して、和葉の方を向こうとしない。
「………。」
初めて入った部屋が物珍しいのはわかる。
だが、ここまで穂波が人の顔を見ないのはおかしいと、本人はいまだ気が付いていないのだろうか?
一年たって性格も変わらなければ、クセも変わらない。
和葉は苦笑した。
「…初めて俺の部屋に入った感想は?」
「もっと散らかってると思ってた。」
即答されて和葉は『うっ』なる。
「智尋がちゃんとしてくれてるからな。」
「へぇ、智尋ってキレイ好きなの?」
「そこまでじゃないだろうが、家事は一通り出来るそうだ。」
「よく美咲が嫉妬しないね。」
「なんで嫉妬?」
「和葉兄の世話が出来ないじゃん。」
「どっちみち受験だから、あんま来ないよう言ってる。」
「あぁ、美咲なら勉強そっちのけで、可能な限り無理してでも来そうだよね。」
「だろ?」
「…変わってないんだね、美咲も、和葉兄も。」
気分が落ち着いたんだろう、ようやく穂波が和葉の顔を見た。
これで相談してくればそれを聞けばいいし、言わなければ、まだ自分でどうにかしようとする。
穂波はあまり表情に出さないが、このクセを知っていれば実にわかりやすい。
もう一度、和葉から目線を外し、言うか言うまいか迷ったようだが、また和葉を見て口を開いた。
「どうした…ってわけじゃないんだけどさ…、」
「うん。」
「…義母さんから手紙が来てたんだ。」
穂波の声は頼りなく、小さい声だった。




