穂波の帰宅。
いままで名前すら登場していない穂波が次回より登場します。
各章ごとに『○○の事情』というタイトルにするつもりなのですが、
今回と次回の話はそのタイトルに当てはまらない気がしたので、
『始まり。』と同じ感覚で、章分けをさせていただきます。
もしかしたらこれからも『○○の事情』の間に、
短い章を挟んでいくかも…?
電話の音が鳴り、受話器を取る。
「もしもし、高遠ですがどちらさまでしょうか?」
以前は戸惑い、言い間違えることも多かったが、このセリフにももう慣れた。
『智尋か?』
「一樹さん?」
母は無事抗がん剤治療が終了、自宅療養に切り替わった。
だが、当然、絶対安静。働けることは出来ないうえ、
智尋が学校にいる間、一人になることが心配なので、今は高遠家本家にいる。
最初、母はこの申し出を断るかと思っていたが、
「お世話になります。よろしくお願いします。」
と、深々と頭を下げて高遠家にお世話になることになった。
ただ、昔からずっと働きづめだったせいか、大人しくしていることができず、
無理をしないことを条件に、住み込み家政婦みたいなことをしている。
いつも誰かがいて、母を見ていてくれる状態は智尋を安心させた。
そして、智尋は今も和葉のマンションに暮している。
『今度の日曜日、お前は家にくるよな?』
「はい。そのつもりですけど、」
週末は高遠家に行き、母と過ごすようにしている。
『和葉の予定はわかるか?』
「えっと、予定はわかりませんが、今、和葉さん、家にいますよ。
変わりますか?」
『あぁ、悪い。そうしてくれるか。』
保留ボタンを押し、子機を持って、和葉の仕事部屋のドアをノックする。
…といっても、実はこのノックはあまり意味がなかったりする。
仕事部屋に籠っている時の和葉は大抵ヘッドホンを付けているからだ。
静かにドアノブを回し、遠慮がちにドアを開けると、やはり和葉はヘッドホンをしていた。
ドアが開いたことに気付いて、和葉はヘッドホンを外した。
「智尋? どうした?」
「一樹さんから電話です。」
そういって持っていた子機を和葉に渡す。
「もしもし? 兄さん?」
『和葉か? お前、今度の日曜の予定は?』
「日曜?」
壁にかかっているカレンダーを見る。
そこには予定がびっしり書いている所と、空白の所と両極端である。
「あ〜…、午前中、予定入ってるけど午後はない。何かあんの?」
『穂波が帰ってくる。』
「穂波が?」
近くにいた智尋が興味深げに和葉を見た。
穂波は確か和葉のすぐ下の大学生の弟。今は留学中だと聞いている。
写真では見せてもらったことはあるが、実際、会ったことはない。
「もう一年になるのか…。またうるさい日々が帰ってくるんだなぁ。」
和葉は苦笑していた。
高遠家はみんな、仲が良い。
智尋はその和葉の苦笑の意味を計りかねた。
穂波が帰ってくるのが嬉しくないのだろうか?
「…うん。じゃ、午後にはそっち行くから。はいよ〜。じゃね。」
電話を切って子機を智尋に渡す。
「悪い。戻しといてくれるか?」
「はい。…あの、和葉さん?」
子機を受け取り、和葉に質問をする。
「ん?」
「穂波さんってどんな人なんですか?」
「どんな…、」
智尋の質問に和葉はちょっと考える。
「…千華子姉さんの小型版?」
「え…、」
病室にスタッフと共に派手な格好で現れた千華子を思い出す。
あの人の小型版…。
たしかに今以上に賑やかになりそうだ。
「まぁ、それだけならまだいいんだけどな…。」
和葉は苦笑しながら遠い目をした。
「なにかあるんですか?」
「…兄妹喧嘩がほぼ毎日勃発するんだよな。」
「兄妹喧嘩…?」
高遠家では聞きなれない単語だ。
「この一年で何か変わってくれてるといいんだが、
我が弟ながら、何も変わってなさそうな気がして面倒くさそう…。」
面倒見が良い和葉がそんなことを言うとは思わなかったので、智尋は驚いた。
いったい穂波とはどういう人なんだろう?




