1、始まりは夢のごとく
長く更新してませんでしたが、やっと更新です。
ロングバージョンということで連載になりますが、末永くよろしくお願いします。
「ん……」
窓から差し込む朝日が眩しい。
ウチの朝は起床から出立までそれはもう詰まっていて、スケジュールの滞りは即遅刻に繋がる。繋がる、のだが。
「後五分ぐらいなら…」
誰に言い訳するでもなく、再び布団にくるまる。
実際は校門が閉まるまで五分ぐらいなら猶予があるし、走っていけば間に合うはずだ。
「へえ、じゃあ遅刻はしないんですね」
「ええ、しませんとも。なのであと五分眠らせてください」
クスクスと後ろで笑い声。ああもう、早速嫌な予感が。
「そうですねぇ。確かにこの起床時間でしたら五分程有余があります。ありますけど、逆を返せばそれは五分しか時間がないと考えられませんか?」
「そういう考え方もあるでしょうね」
クスクス。
笑い声は止まらない。
「ええ、五分です。五分で出来る事なんてたかが知れてますよね。カップのうどんを作ったり、服を着替えたり、出来てその程度です」
「ですね。でも俺なら朝飯は食べれます」
クスクス。
クスクス。
「ええ、分かってます。ですから私の作った朝ご飯が冷める前にどうぞ召し上がってください」
それは最後通告のように聞こえなくもなかったが、今は眠い。眠気に勝るものは無い。
「美佐子さんには申し訳ありませんけど、朝ご飯はあと三分後に起床してからいただきます。それではおやすみなさい」
言い訳もそこそこに布団を被り直す。ああ暖かい、柔らかい、これ以上ないってぐらい幸せだ。
「昨日も、一昨日も、その前も、そう言ってらしましたよね」
美佐子さんは部屋から出て行かない。
自分でも毎度のことだとは思うけど、よく懲りないと思う。誰が懲りてないかってのはそりゃ自分。
「でも昨日も、一昨日も、その前も、恭平さんは十分間布団から出てこずに、結局朝ご飯は冷えたまま台所に残るんです。あの子達が食べるから捨てるわけではないのですけど、それでも自分が作った人に食べてもらえないというのは少しばかり不快なわけですよ」
今度は笑い声の代わりになんかポキポキと関節を鳴らす音が聞こえてくる。
「それでも、お起きになられないんですね?」
「はい。今日は遅刻してでも朝ご飯は食べていくのでこのままあと八分眠らせて―」
「永遠に眠ってろーーーーーー!!!」
「――グホッ!」
声と同時に布団の上から衝撃。つーことはこちらが言い終わる前に跳んでいたのだろうか、そうでないと時間が合わない。信用ないのか?…信用ないよな。そりゃ毎朝こんな感じだから信用しているほうがどうかしているってもんだ。
「ったく、毎朝毎朝手間かけさせやがりますね。なんですか?反抗期なんですか?そうでしたら私の弟のときのように拳で聞かせて差し上げなくもありませんがどうしますか?」
美佐子さんの声は笑っている。怖くて布団から出れないが、きっとその顔は笑顔なのに恐ろしいオーラを纏っているに違いない。
美佐子さんは怒ると丁寧語のはずなのに所々に暴言が混ざるという妙な特色を持ってい――!?
「恭平さん?人と話すときもしくは人からお説教をされるときはきちんと正座をして相手の目を見ないと命の保障はできませんよ?」
細腕上等。美佐子さんは体のどこにそんな力があるのか、片腕で俺の胸倉を掴んで持ち上げている。足はもちろん床についていない。
「は、はい。気をつけ―ます」
「本当ですか?明日からはきちんと私が起こしにきた時に起きてくれますか?ちゃんと朝ご飯が冷めない内に食べてくれますか?」
…美佐子さん。心配そうな表情はいいですけどこんな状況では脅迫しているとしか見えませんよ。
「善処―しま…す」
ああ、意識が朦朧としてきた。あれ?見たことのない人が手を振って…
「よろしい。それでは早速着替えて下りてきてくださいね」
柔和な笑顔が場に不釣り合いな分余計怖い。
美佐子さんが手を離した。一瞬の浮遊感の後、尻餅をついて覚醒する。
「……」
まさしくデッドオアアライブ。朝からこんなヘビーなイベントは正直勘弁してほしい。自分のせいだけど。
「……着替えるか」
口に出して脳に指令を送る。
脳に酸素が回ってなくても、まず何よりも優先すべきことだけは分かる。
この状況で二度寝したら本当に殺されそうだし、うん。
制服に着替えて一階に降りる。頭はまだ半覚醒状態だが、永遠に前後不覚になるよりはマシだろう。
「恭兄ぃおはよー!」
「ああ、おはよう」
廊下を駆ける子供達に適当な挨拶をする。
子供達、ってのはこの家が世間で言う孤児院をやっていて、そこで拾った子供達が朝から元気に走り回っていたという事。経営者は先程鮮烈な目覚めを提供してくれた倉地美佐子さんその人。柔和な笑顔が素敵な三十歳なのだ。
ちなみに俺も元孤児である。元ってのは今はもう児童なんて歳じゃ無くなっただけで、立場的にはまだまだ孤児らしい。
ちなみに名字は倉地。何を隠そう美佐子さんの名字なのだ。ここに来る事になった原因があまりにも大きかったからなのか、前の名字に対して何にも感慨らしいものなんてない。それに、事件の後の人間不信だったころ、つまりここに入るまでに親族の誘いや他の孤児院なんかの勧誘をことごとく断ってしまい、入れる場所がここ以外無くなってしまったのだ。なので生きるために前の家の事は切り捨てたのだろう。
「まずいな。急ごう」
…足が止まっていた。急いでキッチンに入る。
「む、ねぼすけめ」
入るなり、新聞片手にコーヒーを飲んでいる女子中学生に馬鹿にされた。こいつは、倉地儚子。立場的には俺の妹で、中学一年。ちなみに俺より一つ下。特徴は老け込んでいる事。中学生に新聞は相容れない物のはずが、こいつには妙にマッチしているあたりから老け込んでいるのだと伺える。
「そう言うな。俺だって好きで寝過ごしてるわけじゃない」
いただきます、と手を合わせる。
「嘘。じゃあなんで毎朝美佐子さんの怒声が部屋から聞こえてくるのよ」うん。美佐子さん今日は気合い入ってる。卵焼きの焼き具合が既に人間の域を超えている。
「それはアレだ。可愛さ余って憎さ百倍―」
「ごちそうさま。美佐子さん。お皿置いといていいですか?」
いいですよー、と朝一番に聞いた声が台所から響いてくる。
「よっし、そんじゃいってきます!恭兄も遅刻したらダメだからね!」
儚子は軽やかなステップで台所を横断する。
「余計なお世話だ。それより早く行け。落ち着いてメシが食えない」
味噌汁を啜る。今日はいりこ出汁のようだ。ほのかな風味が味噌と絶妙にマッチしている。
「ふん。この朴念仁」
「知るか。年寄子」
いつも通りの罵り合い。
この光景が我が家の朝の一部で、この後は大体美佐子さんが止めに入るまでこの状態が続くのだが―
「……」
―儚子の表情が険しくなった。今日はなんだかいつもと違うようだ。
「儚子?どうした。遅刻するぞ」
「……」儚子は険しい表情から呆れたような表情に変わり、俺を見下ろす。
う、その
「だから朴念仁なのよねー」
っていう目は止めろ。なんか傷つく。
「…はあ、心配したのは無駄だったってわけか」
「…?」
儚子の言っている事はよくわからない。
「なんだよ。心配されるようなことした覚えはないぞ」
「…あのね。美佐子さんは気付かなかったみたいだけど、恭兄顔色ヤバいよ」
…顔色?
「別に今日は体調悪いわけじゃないけど…そんなに顔色悪いのか?」
確かにあんまりいい夢見たとは思わないけど、ああいうのはここ数年で見慣れたから平気になった。
そんな俺に上から溜め息一つ。
「しかも自覚無しか…自分のことすらわからない恭平君は可愛い妹にすら見放されるのでした」
「はいはい。言ってろ。つーかとっとと学校行け」
「ええ、言われなくても。恭兄は気分悪くなったら早退するんだぞ」
儚子の姿がキッチンから消えると同時に食事を再開する。
ちくしょう。結局冷めちまってるじゃん。
「んじゃ、いってきます」
美佐子さんに見送られて家を出る。
「いってらっしゃい。今日は早く帰ってきてくださいね。大事な日ですから」
はて、今日は子供達の誕生日だったか。美佐子さんや儚子のはとっくに終わってるし。
「美佐子さん。今日は誰かの誕生日でしたっけ?」
「…え?」 美佐子さんは目を見開いたまま止まっている。ヤバ、地雷踏んだか?
「あの…俺なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃいました?」
「いえ、そういうことじゃ…けど恭平さん。本当に覚えてらっしゃらないんですか?」
「はい。本当に記憶の中にありませえええぇぇぇ!!」
ゆ、指が!美佐子さんの指が俺の頭を鷲掴みに!といいますか何故!?
「ふふふ。恭平さん。あんまり人をからかうと寿命を縮めるって以前お教えしましたよね?」
「からかってませんからかってませんすいませんでしたすいませんでしたあぁぁぁ!」
「……」
「あああ…あ?」
頭にかかる負荷が和らいでいく、なんだかよくわからないけど助かったらしい。というかこのままじゃ遅刻するのではないだろうか。
「俺…もう行っていいですか?」
「…そうですね。遅刻してはいけません」
美佐子さんは下を向いていたが、俺を見送るためか、顔を上げた。
その時の、美佐子さんの作った笑顔が頭に張り付いて離れなかった。
作中の恭平が言っていた夢っていうのはプロローグの内容の事です。読んでいない人はそちらを読めば納得頂けるかと。
あとこちらよりもう一つの輪廻転生の方が更新頻度高いのでそちらもご覧ください。