プロローグ ―回想―
この作品は『一年間な彼女』という短編小説を長編にアレンジした作品です。事前に短編の方を読んでおくのを推奨します。
「…ハァ…ハ……ハァ」
――月の夜を走る。
ただ、あても無く走る。
両親は言った。
お前は最高の息子だ、と。
だから、それを信じて生きてきた。
「ハァ、ハァ……」
――月の夜を走る。
交差点を右に曲がる。
両親は言った。
お前は最愛の息子だ、と。
だから、それも信じて生きてきた。
「ハ…ハ……ハァ…」
――月の夜を走る。
橋の上から下を望む。
…高い。
飛び下りたら、きっと死ぬ。
死ぬ、
死ぬ、
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
「あ…」
死ぬ死ぬ死ぬ死んでしまう死んでしまう死んでしまう死んでしまう死んでしまう…殺される。
…殺される?
「あ…あ…!」
殺される?殺されるって誰に?
それは、あの二人
「う…わああぁぁぁ!」
怖くなって、思い出したくなくて、またあても無く走り出した。
「…どうして」
――月の夜を走る。
橋を超え、山に入る。
両親は言った。
お前がいれば大丈夫だよ、と。
だから、そんな言葉にすら縋った。
「どうして…!」
獣道で走るのを止めた。
それにもう、頭から拭い去れない。
両親は言った。
あの子に罪は無い、と。
だから、それは聞いてはいけない話だと、思った。
「…なんでだよ!」
知らず、叫んでいた。
その叫びは、誰に聞き入れられるでもなく、哀しく森に木霊して、消えた。
「あああああぁぁぁ!!」
――月の夜を疾る。
何も考えずに、視界が涙で歪んでいるのに、ただ疾る。
両親は言った。
このままでは生きていけない、と。
同時に、二人でならなんとか生きていける、とも。
理由は分からない。けれど、
捨てられるかもしれない。
でも、不思議と怖くは無かった。 子供なら、捨てられても拾われるかもしれないから、なんて理由の無い考えを信じて、黙って聞いていた。
「う…ハ…ハァ……うっ…」
――月の夜を疾る。
走って、派手に転んだ。
立ち上がろうとしても、身体に力が入らない。
もう、身体は限界だった。
その証拠に肺は不足分の酸素を欲しがっているし、喉も痛い。おまけに足はよく見たら傷だらけだった。
…なんで、僕は逃げていたんだろう。
それは、誰に訊いたのか。
知っているのは、自分と両親しかいないというのに。
両親は言った。
あの子を放したくない、と。
ジャアドウスル?
ジャア、サンニンデシニマショウ。
逃げる理由はそれだけで十分だった。
身体が動かない理由も、きっと見えない恐怖に怯えて、身体が限界を忘れていたのだろう。
「ハァ……ハァ」
呼吸が落ち着いてくる。
満身創痍な身体で、なんとか体勢を俯せから仰向けに変える。
――夜の月を見上げる。
木々の間から、ずっと頭上に在った月が見える。
月は、欠ける事無く、青く輝いている。
ああ、今夜はこんなにも綺麗な満月だったのか。
「…なんで」
何故自分達は欠けてしまったのか、何故三人では生きていけないのか。
満月に問う。
答えは、返ってこない。
喩え、返って来ても、それはただの逃げでしかない。
だって、全てを知っているのは、自分と両親しかいないのだから。
…なんだか、急に眠くなってきた。
逆らわずに瞼を閉じると、遠くから、声が聞こえてきた。
…なんだか、遠い。
けど、特定の名前を呼んでいるわけでは無さそうだ。
両親の声でないことだけを確認すると、安心したのか、意識は深い所に落ちていった。
正直ジャンルを『恋愛』にしてしまったのですけど…まあ、大丈夫ですよね。