誰もいない朝
初投稿です。
オンライン小説の書き方をほとんど無視して書いてしまいました。
見苦しい作品ではありますが、どうぞ最後まで読んでみてください。
いたずら好きの翔太君。
今日は友達の一真君の筆箱を隠しましたね。
いたずら好きの翔太君。
今日は幼馴染の恵ちゃんのノートに落書きしましたね。
いたずら好きの翔太君。
今日は近所の家の壁にスプレーで落書きをしていましたね。
いたずら好きの翔太君。
君は気付いていないだろう。
自分がどれほど人を困らせ、傷つけ、迷惑をかけているか。
君は気付いていないだろう。
そうすることで、自分がどんどん孤独になっていくということを。
「翔太ぁ、お前まじっざっけんなよぉ!?」
一真君は顔を真っ赤にして怒っている。
教室中がしん、と静まり返る。
しかし罵声を浴びた当の本人はけろっとしている。
翔太君はちらっと一真君のほうを見てから、すぐに窓の外を見て口笛を吹き始めた。
「お前ぶっ飛ばすよほんと!?」
一真君はさらに熱を上げる。
もはや沸騰寸前爆発直前である。
それでも翔太君は動揺しない。
「証拠、あんのかよ?」
窓の外を見ながら翔太君はいった。
「はぁ!?」
「俺がやったっていう証拠を見せてみろよ〜。いきなり人を疑うとか、まじひどいんですけど」
「お前以外に誰がいんだよ!!」
あまりに大きな声だったので教室が再びしん、と静まった。
一真君は小学校一年のときから柔道をやっていて、四年生の時に小学生の部の県大会優勝するほどの実力者だ。
一年生の時から常に身長は学年で一位。
今は五年生だが、十分中学生で通じるガタイなのだ。
そんな一真君が今にも殴りかかってきそうな状況にもかかわらず、相変わらず翔太君は強気だ。
「ホント、すぐ暴力ふるうとか最低だよな。これだから柔道馬鹿は困るぜ」
最後の一言が、一真君の怒りを沸点まであげた。
大爆発。
「てめぇ!!!」
「やめなさい!」
一真君が殴りかかろうとした瞬間、凜とした声が教室に響いた。
担任の菅原先生だ。
少し小さめの唇に大きな瞳。
艶やかなストレートの髪が肩まで伸びている。
だれもが認める超がつく美人だ。
「せんせ〜、一真君が何もしてないのに僕に暴力するんですけど〜」
わざとらしく翔太君がいった。
菅原先生は溜め息をついて言った。
「一真君、乱暴はだめよ。翔太君は一真君に謝りなさい!」
「え〜なんでですかぁ?僕何もしてないんですけどぉ」
「目撃者がいるんです!君が一真君の鞄を隠すところを見た子が。その子が私のところに知らせてくれたのよ」
「はぁ?まじかよ、誰だよチクったの、超うぜ〜」
翔太君はふてくされた。
そして、何かに気付いた様子で立ち上がり、すぐ後ろの窓の外に身を乗り出した。
窓の下に手を伸ばし、何かを拾い上げた。
手に持っていたのは一真君の鞄だった。
翔太君はそれを一真君のほうに投げた。
回転する黒いランドセルは綺麗な弧をえがきながら宙を2回転半して一真君の手の中に落ちた。
一真君は両手でしっかりとキャッチした。
「これでいいだろ?」
「ダメ!ちゃんと謝りなさい!」
「っせ〜な〜、いいじゃんか、ちゃんと返したんだからぁ」
そういって翔太君は駆け足で教室を出ていった。
子供というのは本当に逃げ足が速い。
菅原先生は追いかける動作すらできないで、その場に立ち尽くしてしまった。
ここの学校に就任して三年目。
初めてこの学校にきたときからずっと、彼の噂は聞いていた。
学校始まって以来最強の問題児。
いたずらするために生まれてきた子供。
誰もが、この生徒のいるクラスの担任にだけはなりたくないと思うほど、その行動はひどかった。
怒られても反省せず、大人顔負けの開き直り方をして、自分が不利だと思ったらすぐに逃げ出す。
何人もの先生が家庭訪問をしたり親を呼び出したりするのだが、その親も親で、究極的に甘い。
なんでも学校のせいにし、自分の息子は悪くない、私の育て方は間違っていない、間違っているのは学校の教育だ。
ここまでくると学校側はもはやお手上げ状態である。
よって学校側の出した結論は、なるべく平和に、事を荒立てず、じっと我慢して卒業を待つ、というものになった。
そして、我慢を最もしなければならない担任という役職に、不幸にもなってしまったのが、菅原先生だった。
菅原先生は溜め息をついた。
あと九か月と十七日・・・。
菅原先生は翔太君の担任になった日から、翔太君が何か悪さをするたびに、担任が終了する日にちをカウントする癖がついてしまった。
胃薬は常に携帯している。
もともとストレスに強いわけではない。
どちらかといえば、弱い方だ。
なんで私になってしまったんだろう・・・。
唯一の救いは、他の生徒が味方してくれることだ。
生徒に助けられるのは教師としては恥ずべきことだが、これは例外中の例外だと、いつも自分に言い聞かせていた。
菅原先生は一真君に向かって言った。
「ごめんね、後でちゃんと謝らせるから・・・」
「いいよいいよ、いつものことだから。返してもらえればそれでいいです」
一真君はいかつい顔を歪めて笑った。
一真君はとても小学五年とは思えない貫禄をもっていた。
身体面もさることながら、精神面も、他の子の2倍も3倍も大人だった。
だが、そういった生徒ほど、皮肉なことに翔太君の標的になってしまう。
翔太君のいたずらの7割近くは、先生からも生徒からも共通して『優等生』と呼ばれるような子に対して猛威をふるう。
このクラスでいうと、スポーツ万能、勉強もそこそこの一真君と、頭脳明晰の恵ちゃんである。
特に、恵ちゃんとは家が近いこともあり、なおさらいたずらが絶えないという。
しかし、不思議なことに、恵ちゃんも一真君も、いたずらをされたときこそ怒りはすれど、すぐ後にはすでに怒りは治まっているのだ。
それは二人が他の子に比べ大人であるからに違いないのだが、時々それでも腑に落ちないことがある。
『子供にしかわからない世界がある』
これは菅原先生の前に翔太君のクラスを担任にもった山田先生に教えられた言葉だ。
それがこのことなのだろうか。
菅原先生はもう一度溜め息をついた。
そんな世界が見えたら、教師はもっと楽なんだろうなぁ・・・。
「ショータ!またそこで授業さぼったでしょ〜!」
「っせ〜な〜ブス!お前には関係ねぇだろ」
「ブスで悪かったわね!いいから降りてきなさいよ!」
「や〜なこった」
翔太君は校舎の裏にある一辺が3、4メートルあるボックス型の貯水器の上に寝転がっていた。
その下で、恵ちゃんが上を向いて大きな瞳を細くして睨み付けている。
「まったくもう・・・ほらぁ、雨降ってきちゃうよ!」
恵ちゃんのいうとおり、空は暗雲に包まれ、今にも雨が降り出してきそうな気配である。
「雨なんか降りません〜」
翔太君は貯水器を降りる気は全くないようだ。
するとあざ笑うかのように雨が一滴翔太君の顔についた。
一滴、また一滴。
「ほらぁ!降ってきたじゃない!中にはいろっ!」
「あ〜まじうぜぇ!おめぇが雨降るとか言うから降ってきちまったじゃねぇか!」
雨はまたたくまに強くなり、翔太君が貯水器を降りたころにはドシャブリになっていた。
「ほら!いくよっ!」
恵ちゃんが強引に翔太君の手を取り、学校の裏口まで引っ張る。
「いて〜な放せよ!」
翔太君は恵ちゃんの行く方とは逆に行こうとする。
「放すとどっかいっちゃうでしょっ!」
「いかねぇよ〜、いかねぇからまじ放してよ〜」
恵ちゃんは立ち止まって翔太君のほうを見た。
「ほんとに?」
「ほんとほんと!約束する!」
「嘘ついたら?」
「嘘ついたらなんでも言う事聞きます!お願いします恵様!」
翔太君は何度も頭を下げた。
恵ちゃんは仕方なく、手の力を緩めた。
その瞬間、翔太君の手が恵ちゃんの手をスルリと抜けた。
翔太君は走り出した。
「あっ、こら!」
恵ちゃんが慌てて掴もうとするが、恵ちゃんの手は空を切った。
ものすごい速さで駆け出した男の子は、あっという間に視界から消えてしまった。
汚い捨て台詞を残して。
「ば〜か、誰がお前の言う事なんて聞くかよ、ブ〜ス!」
翔太君は鞄を学校に置いたまま家に帰った。
ただいまも言わずに自室へ駆け込む。
ベッドに飛び込み、うつぶせになる。
そうしてから、今日のイタズラを振り返る。
それが翔太君の日課だ。
イタズラされたときの皆の困った顔、怒った顔を思い出すと、背中がゾクゾクする。
顔がにやけ、手足をバタバタと上下左右に振る。
それを十分に堪能した次は、新しいイタズラを考える。
いかに困らせるかが、イタズラの勝負所だ。
ああでもないこうでもないと考えること三十分。
翔太君はにやっと笑った。
「お・も・い・つ・い・たぁ〜♪」
思わず声をだしてしまった。
「イエスッ!!」
一人でガッツポーズをしながら、ベッドの上で狂ったように踊った。
ぼろぼろのベッドがきしんだ。
あまりに騒いでいたので、母親が声をかけてきた。
「何してるの翔太!!早く塾の準備をしなさい!!」
「・・・・は〜い・・・」
いったって寝るか、サボるかしかしないけどね・・・。
翔太君は心の中でそう呟き、塾の準備をした。
心の中に、暗いもやがかかっているような感じだ。
イタズラした後はいつもこうだ。
家についた後の爽快感は最高の気分を味わえるが、そのあと母親に話しかけられると、冷めた料理を食べたような暗い気持ちになる。
翔太君は頭の中でそのもやを必死に取っ払いながら、塾へと足を運んだ。
「なんか、最近おとなしいですなぁ菅原先生?」
隣りのクラスの担任の望月先生はお茶をすすりながらいった。
菅原先生は曇った表情で答えた。
「えぇそうなんですよ・・・。ここ一週間、見違えるようにいい子になってしまって・・・
もしかしたら改心したのかもしれないのですけど、どうしても不安がとれなくて・・・」
そういいながら胃薬を口に含み、水で流し込む。
「やはり、イタズラとお考えで?」
「ええ・・・でも、生徒を信用しないなんて、教師失格ですよね・・・」
望月先生は首を横に振った。
「彼だけは特別ですよ。彼は完全悪です。信用なんてしなくていいんですよ」
菅原先生は半分それは言い過ぎだろうと思いながら、もう半分では納得していた。
あと九か月と十日・・・。
このまま、何も起こらなければいいのだけれど・・・。
事の発端はちょうど一週間前。
何かが起こった、というと少しおかしい気もするが、翔太君に関してだけは『起こった』と表現するほうが正しいのだろう。
いつもどおり登校してきて、黙って席に座る。
普段ならば朝からイタズラの一つや二つは必ずするはずなのに、その日はただ黙って椅子に座っているだけ。
他の生徒は気味悪がった。
恵ちゃんや一真君が少し心配そうに話しかけるが、生返事しか返ってこなかった。
そして、そのままの状態で授業へ。
普段なら、ここでイタズラをし始めるか、授業を抜けるか、さもなければ大声で友達と話すかする。
だが、今日の翔太君はなんと授業中、気持ち悪いくらいにまじめに座って授業を受けていたのだ。
菅原先生は驚きのあまり教科書を何度も読み間違えた。
登校、授業、給食、掃除、下校。
全てにおいて完璧に過ごし、翔太君は足早に学校を去っていった。
そんな状態が一週間も続いた。
少し気味が悪いが、そのまま改心してもらえないかと、菅原先生は心の片隅で願っていた。
菅原先生の期待は一週間で見事に裏切られた。
朝のショートホームルームの時間のことだった。
菅原先生は教室に入るなり、異変に気付いた。
翔太君がいない。
なぜかそのとき菅原先生の中で、かつてない戦慄が走った。
翔太君は今まで遅刻したことはない。
毎年無遅刻無欠席で(早退の数は星の数ほどあるが)その意味では模範的な生徒であった。
このクラスになってすぐに翔太君が三十九度近くの熱をだしたことがあった。
普通の子供なら学校など欠席するだろう。
親もそれに気付けば、即欠席させる。
だが、翔太君はいつもどおりきた。
しかも、生徒のほとんどがその異常に気付かないほど、彼は演技派だった。
最初は菅原先生でさえ気付かなかったのだ。
しかし、恵ちゃんだけは、彼の異常に瞬時に気付いた。
一時間目の授業で、突然恵ちゃんが手を上げて言った。
「先生大変!ショータがすごい熱だしてる!」
一瞬なんのことかわからなかったが、翔太君の反応の遅さで気付いた。
「何ちくってんだよ、お前」
ほんの少しだけ弱々しい声。
菅原先生は翔太君の元へ駆け寄り、額に手を当てた。
「すごい熱じゃないのっ!ちょっとまってね!今保健の先生を呼んでくるから!」
「いいよ、そんなことしなくて。なんともねぇよ」
「ショータ!なんともないわけないでしょっ!?そのままにしたら死んじゃうよ!?」
「ば〜か、死ぬわけねぇだろ。なんともねぇってば」
「恵ちゃん、翔太君のこと、ちょっとお願いね?保健の先生、連れてくるから」
「うんわかった」
菅原先生は急いで教室を出た。
保健室へ行き、事情を話して保健の先生を連れ、すぐに教室へ戻った。
しかし、翔太君はすでにそこにはいなかった。
菅原先生は愕然とした。
恵ちゃんは必死に止めたらしいが、病気になってもなお、逃げ足に衰えはなかったそうだ。
あとあとになって恵ちゃんが聞いた話によると、翔太君はどうしても遅刻や欠席はしたくなかったそうだ。
その理由は結局のところわからずじまいだが、とにもかくにも翔太君は、どれほどの理由があろうと、遅刻や欠席などはしないということだ。
その翔太君が、いない。
菅原先生は朝の出席と連絡事項をすぐに済ませ、終わると同時に恵ちゃんに聞いた。
「今日翔太君はどうしたの?」
恵ちゃんはソワソワしている。
今にも泣き出しそうな顔だ。
聞いても何も答えてくれそうになかった。
一体なんだというのだ?
その問いに答えるように、恵ちゃんの横に座っていた一真君がいった。
「あいつから昨日、俺んとこに電話あったんすよ。なんか、いきなり超暗い声で、俺死ぬわって。
俺が冗談でも死ぬなんて言うなっていったら、冗談じゃないって言われた。しかも、すっげぇマジな声で。
そのあと、心配だから夜電話かけたら親がでて、もう寝てるっていわれたから、心配だけど俺も寝ました。多分、恵ちゃんのところにも電話、きたと思う」
「そうなの?」
菅原先生が恵ちゃんの顔を見ると、恵ちゃんはわっと泣き出してしまった。
それが答えになった。
菅原先生は考えた。
はたして、これも彼のイタズラと考えてよいものかどうか?
イタズラにしては、やけに胸騒ぎがする。
とにかく、1度翔太君の家に電話する必要があると思った。
菅原先生は泣きじゃくる恵ちゃんを一真君にまかせ、職員室に向かった。
半分予想してた答えだった。
だが、もう半分はそれだけはないだろ、と思っていた。
菅原先生は職員室に入るとすぐに自分の机の中に入っている生徒名簿を引っ張りだし、翔太君の家に電話をかけた。
この時間なら、まだ母親はいるはず。
五、六回コール音がしたあと、寝起きなのか明らかに不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「もしもし?」
「もしもし、翔太君のお母さんでしょうか?私、担任の菅原です。翔太君、今ご自宅におりますでしょうか?」
「翔太?翔太ならいつもどおり学校にいきましたわよ?」
菅原先生は虚脱した。
最悪だ。
沈黙が、翔太の母親の勘を鋭くさせた。
「まさか・・・翔太は、翔太は学校にいないのですか!?」
いつものヒステリックな声が聞こえ始めてきた。
正直なところ、菅原先生は翔太君よりも、この過保護で自己中心的な考えをした母親のほうが嫌いだった。
「答えてちょうだいっ!いないの!?」
「・・・はい」
「えっ!?何っ!?聞こえないわよ!もっとハッキリ言いなさいよ!」
あんたがうるさいだけだという言葉が喉まででかかったが、今は喧嘩している暇はない。
「翔太君がまだ学校にきていないので、心配になって電話したのですが・・・」
そういって菅原先生はすぐに受話器から耳を離した。
「どういうことなのっ!?生徒をほったらかしにするのが学校の仕事なんですか!?」
受話器を遠ざけてもその甲高い声は、菅原先生の耳と胃に響いた。
「申し訳ございません、私共も全力を尽くして捜しますので・・・」
「当然ですよまったく・・・・!!!だいたい最近の・・・・」
「それでは失礼します」
菅原先生は一方的に切った。
涙がでそうになった。
胃薬をだし、口に含み、一気に水で流し込む。
そして立ち上がり、教室に向かった。
時を前後して翔太君の家の朝のこと。
翔太君はいつもどおりの支度をするふりをして、母親の目を盗み鞄の中にパンをいれていた。
これからやる計画の準備はまさに完璧というほかなかった。
一週間自分の行動に劇的変化を起こし、昨日、二人の家に自分が死ぬという電話をかけた。
そしてあとは、自分が消えるだけ。
一日か、二日。
もしも警察まで呼ばれてしまったら、誰かに誘拐されたとでもいえばいい。
翔太君は沸き上がる楽しみを抑え、なるべく平静に家をでた。
どうせ演技をしなくても母親になんかばれるわけがないのだけど・・・。
そう思って少しだけ暗い気持ちになった。
学童をはずれ、まったくの別方向へ歩いていく。
十分から二十分ほど歩いて、翔太君は鞄を開けた。
カサカサとパンをあさり、その奥にあるものを取り出した。
それは学校の鞄より少し大きめのバックだった。
翔太君は素早くそのバックの中に鞄を詰め込んだ。
まるで手品のように、翔太君は登校する小学生から学校を休んだ小学生へと変わった。
鼻歌を歌いながらある森林へと向かった。
夏の日差しのせいで、歩き始めてからずっと汗をかきっぱなしだ。
普段なら暑さに愚痴をいうところだが、今はそれさえも心地よく感じる。
イタズラをしている高揚感が、翔太君の全身を支配していた。
翔太君は森林につくと、早速作業を開始した。
一日は過ごさなければいけないのだ。
それなりの「家」くらいはつくらなければ。
翔太君は太い枝や細い枝、大きめの葉っぱなどを集めた。
それらを組み合わせて家を作っていく。
翔太君はまるでとり憑かれたかのように作業に没頭した。
家が完成したときには、日がもう暮れ始めていた。
作り終えた瞬間に、忘れていたかのように翔太君の腹が活動し始めた。
そこで初めて昼食を抜いていたことに気付いた。
鞄を取り出し、パンを口に含む。
近くの自動販売機までいって、ジュースを買った。
かなり遅い昼食を済ますと、突然の眠気に襲われた。
今ごろ皆はどれくらい慌ててるのかな・・・。
そう考えニヤニヤしながら、出来立ての家の中で横になった。
眩しい朝日で翔太君は目が覚めた。
ゆっくりと体を起こし、目をこする。
腕時計を見ると、八時を示していた。
普段なら遅刻だな、とかくだらないことを考えつつ、今日の計画を考えた。
やけに静かな朝だ。
森林の中にいるのに、鳥のさえずり一つ聞こえてこない。
鳥たちも一緒に寝坊か。
静かな朝に木漏れ日を浴びるのはとても気持ちが良かった。
朝食をとったら、一度家に戻ってみよう。
この家とは違う、正真正銘の家に。
そうして様子を確かめたかった。
残りのパンを食べ、帰り支度をした。
イタズラの成果を早く見聞きしたかった。
しかし、本当に静かだな。
食べている間も、帰り支度をしている間も、何も聞こえてこなかった。
聞こえるのはそよ風に揺られて木の葉がこすれ合う音だけ。
しかし翔太君はそんなことよりイタズラの結果が知りたくて仕方がなかった。
自分が死ぬといって失踪したらどうなるか?
皆が慌てふためくと思った。
それを想像するだけで、表情が緩んだ。
バックを背負って、インスタントの家を取り壊した。
もったいないような気がしたが、なんとなく、壊してしまった。
壊している時の木の折れる音や葉がこすれ合う音がやけに大きく感じた。
全てを終え、翔太君は森林をあとにした。
町に出た瞬間、奇妙な違和感に襲われた。
静かだ、いや、静かすぎる。
人の気配がしない。
それどころか、生き物の気配すらない。
家や道路、草木などはそのまま残っているのに、生き物だけそこから綺麗に掃除されたみたいにいなくなっていた。
埃一つ見当たらない完璧な掃除だ。
ふと気付いて、自分を見た。
そこには胸から足の爪先までちゃんとした実体があった。
自分の存在は、あるらしい。
そう思うと、生き物の気配がしないのは、ただの気のせいに思えてきた。
この角を曲がれば道路に水をまくおばちゃんが、車の下を覗けば野良猫が、ゴミ収集場所にはカラスがいる、いるはずだ。
翔太君はそれを確かめるべく、家の方角へと歩き始めた。
歩けば歩くほど疑惑は濃くなっていく。
もう十分近く歩き続けているが、人っ子一人見当たらない。
鳥たちもいない、野良猫もいない。
もしやと思い地面を険しく見ていったが、蟻一匹でさえも存在していなかった。
まるで全生物総参加のかくれんぼをしているみたいだ。
鬼である翔太君は隠れた生物を見つけださなくてはいけない。
試しに、知らない人の家のチャイムを鳴らしてみる。
ピンポーン。
静けさの中、チャイムの音が寂しそうに響き渡る。
十秒、三十秒、一分。
家の中からは何も聞こえない。
もう一度インターホンを鳴らしてみたが、やはり結果は同じだった。
むぅ、と唸って、翔太君は身を翻した。
そして、歩きながらその家から順に他の家のインターホンも鳴らしていった。
連続ピンポンダッシュならぬ、連続ピンポンウォークだ。
テンポよくインターホンが鳴らされる。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
むなしく鳴り響く音。
後に残るのはなんともいえない寂しさだけだった。
しかし翔太君はニヤッと笑った。
誰もいない、それはすなわち何でもし放題ということだ。
翔太君の鼓動が早くなる。
全身が泡立つ。抑えきれない高揚感を発散するかのように翔太君は走った。
もはや自分のイタズラなどどうでもいい。
自分だけの世界が、突然自分の元に、転がり込んできたのだ。
しかし、その現象の真意を、彼は知るよしもなかった。
まずはどこに行こうか?
やりたいことは山ほどある。
しかし、いざ何かやろうと考えると、意外と何をやればいいのかわからないものだ。
とりあえず家に戻った(当然のごとく母親もいなかった)翔太君は、部屋のベッドで仰向けになって寝転がっていた。
どれくらいそうしていただろうか。
音一つない空間で、静かに物思いにふける。
やがて翔太君は閃いた。
そうだ、一人強盗ごっこをやってみよう。
翔太君は早速道具箱から使い古したエアガンを取り出し、それを手に持って家を出た。
家のすぐ側にはコンビニがある。
翔太君は鼻歌を歌いながら歩いてコンビニに向かう。
歩きながら、他人の家に向かっておもむろに試し撃ちをした。
何発かが壁に当たり、もう何発かは二階の窓に当たった。
もちろん、叱る人は誰もいない。
だが、万が一、億が一あの窓が開いたら・・・。
そう考えてゾクゾクとしながら、翔太君はなんともいえぬ快感を得ていた。
そんなことをしているうちにコンビニについてしまった。
無人の店に入っていく。
「金をだせっ!!」
翔太君がエアガンの銃口をカウンターに向ける。
「・・・そのまま下がれっ!・・・・よぉしそこで止まれ・・・・」
翔太君は見えない誰かを脅して自分の思い通りに動かしていく。
レジに手を掛ける。
だが、現金が入ってる場所がなかなか開かない。
「あれ、くそ、この・・・」
なんとかして開けようとするが、一向に開かない。
見えない誰かが開けられるものなら開けさせたいが、そうもいってられない。
コンビニでの買い物を思いだす。
無愛想な店員が商品のバーコードを読み取らせて、金を払って・・・。
「あっ」
そうだ、金額を打ち込んだあと、最後に一つ、何かボタンを押すと、ガチャンッと飛び出してくる仕組みだったはず。
早速レジ側にまわって探し出す。
金額を打って、最後に確か金額を打つ場所の近くを・・・。
「これだっ!」
次の瞬間、ガチャッと音がして現金が綺麗に配分されて入れられている箱が目の前に飛び出してきた。
百、千、万の金が手の届く位置に無防備に置かれている。
翔太君はそれらを無造作に掴み取る。
鷲掴みした金を見て、思わず笑みがこぼれた。
小学五年にとっては多過ぎる金額。
それゆえに、夢心地だった。
思わずこの金で、何を買おうか考えてしまう。
ラジコン、ゲーム、雑誌、お菓子・・・。
いろいろなことが頭に浮かぶ。
さらに笑みは深くなる。
だが、あることにふと気付いた瞬間、翔太君の笑みが消えた。
買うもなにも、人がいないんだから、意味がないじゃないか。
興奮が急降下し、一気に冷めた。
思わず鷲掴みしていた金を落としてしまった。
さっきまではあんなに心強く見えた存在が、今はとても無意味な存在に見える。
もはや今の翔太君にとって円札は、そこらへんにある紙切れと同じ存在となり、硬貨はただの鉱物となった。
それからは散々だった。
何をやってもどこか煮え切らない。
何をやってもどこかで熱意が欠ける。
その度に、胸の中がすみからすみまで空っぽになってしまうような虚しさを感じていた。
段々と寂しさが込み上げてきた。
翔太君はそれでも、行動をやめなかった。
翔太君は自分の学校にいった。
誰もいない空間はここも同じだった。
廊下を歩く足音がやけに大きく感じる。
翔太君はふと、廊下の窓ガラスを見た。
窓ガラスを全部割ったら、少しはスカッとするかな。
するわけないと心のどこかで思いつつも、やらないといられなかった。
体育倉庫から金属バットを持ちだし、翔太君は廊下の端から割り始めた。
パリーンパリーンパリーン。
けたたましいガラスの飛び散る音が静けさを突き抜ける。
翔太君は、まるで静けさを寄せ付けないかのように連続でガラスを割っていった。
パリーンパリーンパリーン。
一階廊下の窓は全て綺麗に破壊された。
それでも全く気が晴れない。
無駄だとわかっていても、ここで止まるわけにはいかない。
翔太君は階段をかけ上がった。
一階と二階の間の階段は、真ん中で折り返すスタンダートな階段だ。
その階段の間にはなぜかはわからないが、大人の身の丈ほどもある大きな鏡がある。
翔太君は鏡の前で立ち止まった。
鏡には、金属バットを持ち、今にも泣き出しそうな少年が写っていた。
それは自分なはずなのに、翔太君は認めることを拒んだ。
ただの意地だけれど、認めたら、涙が止まらなくなりそうで怖かった。
翔太君は金属バットを構えた。
そして、鏡を割ろうとした、そのとき。
「またどうせイタズラだろ?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
あまりに突然の出来事だったので、体が硬直した。
人の声・・・自分以外の、人の声・・・。
「あいつもよくやるよな。ハブられてんのわかんねえのかな?」
ハブられてる?
誰が?
またイタズラ?
イタズラ?
俺のこと?
それよりも、この声はどこから・・・。
「行方不明になれば皆が心配するとか思ってんのかね?」
「バッカじゃねぇのあいつ?」
二人の笑い声が誰もいない空間を自由自在に木霊する。
翔太君は頭が混乱した。
なんだこの声は?どこかで聞き覚えがある・・・。
そうだ、同じクラスの安藤と林だ・・・いつも二人で動いてる目障りな奴等だ。
あいつら、今度絶対イタズラしてやる・・・。
イタズラする・・・イタズラ・・・・。
翔太君ははっと気付いた。
イタズラ、できるのか?
大体、声が聞こえるのに姿が見えないってのは変じゃないか?どうして声だけ・・・。
翔太君の焦点が鏡に戻った。
巨大な鏡は、いつの間にか彼を写していなかった。
翔太君は目を疑った。
自分は鏡の前にいるのに、鏡に写っているのは自分ではない。
それどころか、自分以外の背景も、まったく違うものになっているのだ。
鏡に写っているのは見覚えのある道。
そして、見覚えのある、顔。
安藤と林だ。
学校の帰り道らしい。
二人ともランドセルを背負っている。
鏡に写る画像は空中から見下ろすように二人を映していた。
高さは二階の窓くらいだろうか。
二人の歩く速度に合わせて鏡の映像が動く。
いつの間にか翔太君は鏡に張り付いた。
より見えるように、より聞こえるように。
「なんか、先生たちも捜す気ないらしいぜ?」
「うわ、ひっでぇ。少しくらい捜してやれよなぁ?」
「別にいいんじゃね?シカトだよシカト」
ちくしょう、好き勝手言いやがって!とは思えなかった。
自分は一生こちらに取り残されたままになってしまうのだろうかという思いが、怒りを上回っていた。
段々と恐怖を感じてきた。
誰も自分を捜してくれない。
自分が消えても、何も変わらない。
それはすべて、自分の責任。
自分が今までしてきたことのせいで、こんな状況になったのだ。
なんだよ、なんでだよ、なんなんだよ!安藤と林の笑い声が聞こえる。
「出せよ!!こっから出せよ!!」
翔太君は誰にともなく叫んだ。
この世界は自分が住んでいた世界ではない。
鏡の向こうに見えるのが、今までずっと暮らしてきた自分の世界だ。
こっちにあるのは、全部嘘っぱちだ!
鏡を強く叩き続ける。
だが、鏡はびくともしない。
「ふざけんなっ!!出せよぉ!!出せぇ!!」
最後のほうは声がうわずっていた。
鏡はびくともしない。
足の爪先から恐怖が這い上がってくる。
それを振り払うかのように、翔太君はジタバタした。
どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・。
「ショーーーーーーーターーーーーーッ!!」
翔太君はパッと顔を上げた。
聞き覚えのある、いや、聞き慣れた声。
だけどいつもと違う声。
鏡の映像はいつの間にか切り替わっていた。
「ショーーーーーーーーターーーーーーッ!!!」
それはまぎれもなく、恵ちゃんの声だった。
だが、声の調子がいつもと違う。どこかもの悲しげで、とても必死そうな声だ。
荒い息遣いが聞こえる。
どうやら走っていたあとのようだ。
どうして?
マラソン大会はまだまだ先だぜ?
調整には早すぎるよ。
違う、そうじゃない。
ダイエットかい?そこまで太っちゃいないだろう。
違う、そうじゃないよ。
ひょっとして、罰ゲームか?なんのゲームに負けたんだよ。
「そうじゃないだろっ!!」
素直じゃない自分に腹が立つ。
わかっているのに。
彼女は自分を捜している。
思い返してみれば、彼女はいつも自分の心配をしてくれていた。
それが時々嬉しかった。
理性では認めたがらなかったけど、心のどこかで、安らいでいた。
彼女は自分を捜していた。
ずっと、ずっと。
「ばかやろぉ・・・帰れよぉ・・・・なんで、なんでだよぉ!!俺はもういないんだよっ!!気付けよっ!!」
しかし声は届かない。
彼女はどれくらい捜しているのだろうか?
喉がかれ、足が棒になっているのに、彼女は捜し続けた。
鏡は彼女を映し続けた。
そして翔太君の瞳もまた、彼女を映し続けた。
空がオレンジに染まる。
彼女の影が長く伸びる。
彼女の側を、もう一つの影が近寄ってきた。
その影の持ち主もまた、彼女と同様声が枯れ、足が棒になっていた。
その影は紛れもなく、一真君だった。
「見つかったかっ!?」
一真君のよく通る声とは程遠いしゃがれた声が響く。
「まだなの・・・・けほっけほっ」
華奢な体から弱々しい咳が漏れた。
「大丈夫か?恵ちゃんは先に帰ってていいよ。あとは俺と先生で捜すから・・・」
「いやっ、捜させて・・・!!翔太君がもしも自殺しちゃったら、私、私・・・・」
そのまま恵ちゃんは大声で泣き始めてしまった。
一真君は心配そうなまなざしで恵ちゃんを見つめていた。
一真君の目にも、かすかな滴が。
翔太君は鏡に向かって叫んだ。
「なんでだよ、なんでだよ、なんでだよっ!!!なんで俺なんかを捜すんだよっ!!あんなのいつもの嘘に決まってんだろっ!?」
視界がぼやけていく。
声がうまくだせない。
「なんで、そんなに、お人好しだよぉ・・・!俺は、俺はただ、ただ、イタズラのつもりで・・・・くそぉ・・・・」
鏡を握り拳で叩く。
鏡は翔太君を拒絶するかのように硬かった。
二人の元へもう一つ、影が走ってきた。
菅原先生だ。
太陽のせいか、それともこの状況のせいか、表情は険しかった。
「おうちの人に心当たりがないか聞いてみたんだけど・・・」
「だめっすよ、あいつんちの母親は。もともとあいつがイタズラするようになったの、あいつの母親のせいですもん」
「・・・・ど、どういうこと・・・?」
菅原先生が神妙な顔をして聞いた。
「あいつのお母さんって、昔っから育児は全部施設や近所の人にさせてて、自分ではそれが一番いいなことだと思ってるんです。
だから翔太が問題を起こしたら、全部他人のせいにする。あの人は母親であって母親じゃないんです。
あの人は母親なのに、翔太を見ようとはしないんです。
だから翔太は、母親に、母親に自分を見てもらいたいから、イタズラをするんです」
菅原先生は目を見開いて驚いた。
「そんな・・・・」
「だから、今回のことがもし、もしもイタズラであっても、ショータを叱らないでください。ショータは、可哀相な子なんです・・・」
「でも、私は彼からそんなことは・・・・」
「意地っ張りなんですよ、あいつ。人に弱みを見せたくないんですよ。自分一人でなんとかしようとしちゃうんです。
だからいつも一人で行動してる。俺らが相談に乗ろうとしても、そんなことはないってつっぱねられちゃいます」
「そんな・・・・あなたたちは、どうしてそんなに知ってるの・・・?」
二人は顔を見合わせた。
「私たちの母が、ショータの母親のこと、よく話すんです。それで、うちの母と一真君の母親は大学からの付き合いで、だからよく二人で相談してます」
「俺らの親が、ある日、あいつのイタズラを許せって言ってきました。それで理由を聞いたら・・・」
菅原先生は納得した。
どうしていつも二人がイタズラをされた後、妙に冷静だったのか。
小学五年とは思えない思考の持ち主だ、二人とも。
子供にしかわからない世界がある。
山田先生、それは違いました。
子供にしかわからない世界があるのではなく、私たち教師だけが、別の世界にいたのです・・・。
翔太君は聞いていた。
すべてを聞いていた。
もう鏡を叩くことはやめていた。
もう叫ぶことはやめていた。
膝を付き、下を向いて大粒の涙を流していた。
あの二人は理解してくれていた。
自分のことを、深く深く、理解してくれていた。
自分でさえ忘れかけていた心を、自分さえ認めようとしなかった思いを、理解してくれていた。
自分は独りではなかった。
翔太君は鏡の向こうを見た。
もっと早く、二人の気持ちを知りたかった。
そうすれば、こんなことにはならなかっただろう。
こんな孤独な世界に放り込まれることはなかっただろう。
多分、ここに自分がきたのは、今までやってきたことの罰なのだろう。
でも、最後の最後で、二人の気持ちを知れてよかった。
これから自分はずっとこの世界で暮らすのだろう。
誰もいない朝を、これから毎朝迎えて生きていかなければならないのだろう。
誰もいない昼で太陽と語り合い、誰もいない夜と共に眠る。
だけどもう、それでもよかった。
理解者がいてくれた、自分の心を理解してくれた人がいた。
もう独りじゃない。
誰もいない世界で、永遠に過ごそうとも、自分は永遠に独りじゃない。
ありがとう、一真君。
ありがとう、恵ちゃん。
翔太君は初めて、人に感謝する気持ちを知った。
その瞬間、心のどこかにあったもやが消えた。
何をしても必ず感じていたあのもやが、消えた。
次の瞬間、ピシッという高い音が聞こえた。
まるで何かにヒビが入ったような音。
翔太君は顔を上げた。
信じられないことが起きた。
ピシッ。
鏡に、ヒビが入っている・・・。
しかもヒビは、みるみるうちに広がっていく。
やがて鏡全体を覆い尽くす。そして・・・。
パリーン。
耳を突き抜けるけたたましい破裂音と共に、目の前の鏡が割れた。
そこには黒塗りの壁、いや、扉があった。
綺麗な金メッキのドアノブがついている。
翔太君はゆっくりと立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
もしかして、という期待があった。
もしかして、このドアの向こうは、自分が今、一番行きたいところへ、つながっているのではないだろうか?
確証はまったくなかった。
だからこそ、より期待した。
そうだといいな、ではなく、そうであってほしい。
恐る恐るノブを回す。
カチャッ。
簡単にドアが開いた。
ゆっくりとドアが開かれる。
その向こうは暗闇だった。
暗いのではなく、完全な暗黒。
それでも翔太君は一歩を踏み出した。
この先に何が待っていようと、自分は受け入れてみせる。
独りじゃないという想いが、翔太君に勇気を与えた。
翔太君は暗闇の中に吸い込まれて行った。
見たことのある曲がり角。
鳥の鳴く声。
空を染める夕日。
角を曲がると、見覚えのある三人がこちらを見て呆然としている。
へへ、驚いたかい?そう笑うつもりだった。
視界がぼやける。
なんでだろ?笑えない。
三人がかけよってくる。
口から出てくるのは笑いではなく、いつまでも続く、謝罪の言葉だった。
ごめんなさい、今まで本当に、ごめんなさい・・・。
イタズラ好きだった翔太君。
今日はお母さんと真剣に話してましたね。
イタズラ好きだった翔太君。
今日は一真君と恵ちゃんと三人で遊びに行きましたね。
イタズラ好きだった翔太君。
今日は菅原先生に相談していましたね。
イタズラ好きだった翔太君。
君は気づいてくれたんだね。
人の優しさや、人のぬくもりを。
人は独りで生きるんじゃない、皆と共に、生きていくんだということを。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
感想、批評等ありましたらよろしくお願いします。