チキンソテー、レモンソース添え1
『冬咳』の脅威が去ると村は再び穏やかな日々を取り戻していた。
少し離れた北の方の村は『冬咳』で村民の半分が失われたという話なので、エド一人だけの感染で終わったことは奇跡に近いことだった。
そのエドも既に普段通りに働けるようになり、ボリスと二人で暖炉作りに精を出していた。
天気が良く乾燥した風が絶え間なく吹いていることもあり、女たちは揃って川辺で洗濯をすることにしていた。
「まぁ、アヴリル。産着を縫ったのね」
アヴリルが持ってきた洗濯物の中に産着を見つけ、レゼナが小さなそれを持ち上げた。
「ええ、少しずつ作っているの。一度洗ったほうがいいでしょう?」
アリシャは二人の話に耳を貸しながら、灰と水で作った灰汁に衣服を浸す。不思議なほど暖かい秋でも川の水はそれなりに冷たく、指先が直ぐにピリピリとしてきた。
横で同じように服を浸していたリアナが手を止めて、ハァッと息を吹きかけている。
「夏は洗濯屋さんになってもいいかと思うけど、寒い時期はやっぱり御免だわ」
リアナが指先を揉んでから意を決して叩き洗いを始めた。
「冷えるものね」
アリシャも布地を叩きながら同意する。洗濯は終わった時の爽快感はいいが、この始めの億劫さはなんとも言い難い。
産まれてくる赤ん坊の話に夢中の二人に聞こえないように、リアナがアリシャに体を寄せて小声で言う。
「ねぇねぇ、アリシャはボリスと結婚するの?」
「しないわ。どうして?」
「ボリスがアリシャの為に暖炉を早く作り上げたいって」
ああ。と言ったきり、アリシャは口を噤む。ボリスは何かとそんな風にアリシャの名を出しているらしい。まるで所有権を主張するかのように。
「ねぇ、アリシャ。アヴリルとウィンを見ていたら結婚って良いなぁって思うんだ」
アリシャが返事をしなかったことは気にならなかったようでリアナは夢見る顔でウットリと宙を見ていた。
「騎士様がいいなぁ。ううん、王子様かな」
アリシャはクシャッと表情を崩して、可愛い妄想中のリアナの横顔を見つめる。アリシャも小さい頃はそんな風に夢見ていたことがあった。
「確かに、そのどちらかと結婚出来たら洗濯はしなくて良さそうね」
「うん。素敵な洋服を着せてもらって、毎日お菓子を食べて暮らすの」
リアナの語る夢は幼くて可愛らしいものだ。アリシャは既に適齢期でそういう妄想はしなくなった。今は好きな人と結婚出来たらそれで充分だと考えている。
エドが養えるようになるまで待てるのかと聞いていたが、今思えばアリシャには宿屋がある。だから、養ってもらう必要はない。だから、エドと……
「アリシャ、聞いてた?」
「あ、え、うん。結婚したいわね」
曖昧に答えたらリアナが「絶対に聞いてなかった!」と言って服をべしべし叩いて水を飛ばしてきた。
「ごめん、ごめん」
その動きが気に入ったのか遠くからアリシャの愛犬ココが飛んできて、リアナにじゃれつく。
「ココ! ちょっとー、そんなにじゃれると一緒に洗っちゃうんだからね」
「それ名案! 洗ってやって。ココってば洗っても洗っても汚してくるんだから」
そこでレゼナが「あら、ココはモグラ取りの名人なのよ? 助かるわ。キティはネズミ、ココはモグラなのよねー」と、ココに話しかける。話しかけられたのはわかるようで、今度はレゼナの元へと駆けていくココだった。
なるほど。アリシャが料理を作っている間に泥だらけになるのはモグラを取っているからなのだと知ったが、一緒に寝たがるのだからそれは是非やめてもらいたかった。
「そういえばウィンが、鍛冶屋で火をずっと使うでしょ? そのうち鍛冶屋の横に風呂を作りたいって話てたのよ。素敵じゃない?」
アヴリルが風呂の話をすると「それいい!」と、リアナが喜んだ。
「お爺ちゃん足が悪くなってから湯に浸かりたいって言ってたの。大きな街には社交場みたいな風呂屋があるって」
アヴリルが頷いて、あるわよと答えた。
「ウィンはそこまで大きなものを考えている風ではなかったけど、小さくても充分満足だわ」
これには誰もが大賛成だった。冬の風呂は寒さとの戦いだし、桶に張った湯を順番に使うと最後の人は水に近いもので体を洗わなければならないので辛いのだ。
その後風呂と赤ん坊の話で盛り上がり、ちょっといつもより時間を掛けて洗濯を終えた。
洗濯中にレゼナからアヒルを処分したから食料庫から持っていって使ってくれと言われたので向かう。
レゼナはこれからほうれん草を蒔く話を嫌そうにしていた。本当は縫い物をしたいらしいが農業が忙し過ぎて思うようにならないと言っていた。そして、エドが『冬咳』にかかった時はヒヤヒヤしたけど縫い物に没頭出来たのは素晴らしい経験だったと目を輝かせていた。
(私は料理が好きで、それだけやっていられるのは幸せなのよね)
自分の状況がいかに幸せなことなのかアリシャはしみじみ感じ、神に感謝の祈りを捧げる。
(お父さんお母さん、私は今本当に幸せです。えっと、小さな悩みはあるけどね)
両親が居ないというのは寂しいが、村に来たばかりの頃よりずっと二人の不在を受け入れられるようになっていた。
(村の皆が親切で寂しさは感じないもの)
もう防御の力を使い過ぎても、以前のようにはならないと確信していた。
(村の人全員が私の家族。それに私は防御の力で皆を守ることができる。もう二度とあんな悲しい思いはしないし、誰にもさせないわ)
強い心意気で気持ちを固め、勢い勇んで食料庫に入っていくとエドが梁に肉を吊るしているところでびっくりした。人がいると思っていなかった上にそれがエドだったものだからそれだけでカチンと固まって緊張する。




