冬キャベツとベーコンのスープ3
玉ねぎをカゴから持ち上げたとき、ぺろんと一番上の皮が取れて手から転がっていった。一枚剥けてもまだ中身の瑞々しいところは見えていない。それでアリシャは閃いた。
(そうだ! そうよ! 私ならエドのところに居られるじゃない)
防御の力で自分の周りに薄い膜を張れば『冬咳』に感染することもないはずだ。
思い着くと俄然やる気が湧いてきた。エドの家に入ることが出来るし、エドに食事を取らせることも、額に濡れた布を置いてあげることも出来るのだ。
食事を作ればその後はいくらでも時間が作れる。エドのところにつきっきりだっていいわけだ。
玉ねぎを毟り皮を剥ぐとナイフを入れた。一気に目が刺激されて涙が溢れてきた。
(ああ、もう! あ、でも……これももしかすると)
アリシャは部屋の隅にある汲み置きの水のところへ行き手と顔を洗い、涙が落ち着くのを待って大きく息を吸い込んだ。目を閉じて、防御の力に意識を向ける。体内に泡立つような感覚、それから手を差し伸べ目を開けた。想像する。畳まれたシーツを広げるように《《それ》》を拡大させて自分を覆う。しっかり防御の力が発揮できていれば玉ねぎが目に染みることはないはずだ。
(出来ているはず。お願いよ、エドのところに行きたいの)
アリシャは祈りながら玉ねぎの待つテーブルまで歩いていく。相手はただの玉ねぎだが、今はとても緊張していた。
一歩また一歩。近づいていくがあのツンとする感じはない。恐る恐る手を伸ばし玉ねぎを掴んでみようとした。掴めるには掴めるが確かに布一枚分程の隙間がそこにあり、どんなに強く握ってみようとその隙間が埋まることはなかった。
(出来てる! これならいけるわ)
実際にイメージ通りの防御が張れた事に気を良くしたアリシャだったが、料理をするにはこの布一枚分程の隙間がどうにも厄介でやりにくい。仕方がなく防御を解くと、待っていたように玉ねぎがアリシャの鼻の奥を刺激し涙が出てきた。
(やっぱりちゃんと防御の力を発揮できていたのね)
涙を拭うとさっさと玉ねぎを切って鍋へと放りこんだ。次にベーコンを出してこれも小さくカットして待機中の野菜の鍋へと入れた。野菜を切り終えると鍋を火にかけ、塩こしょうを振って炒め始めた。先に炒めておくと甘みが増すので、焦がさないように丁寧にかき混ぜていく。
(各家庭用にカゴを用意したほうがいいわね。スープは壺に入れて持ち帰ってもらい家で温め直して貰おう)
ウィン夫婦、ジャン達、それにナジ親子用に壺を用意し、トイレ以外は部屋から出ないというドク夫妻用にも壺を用意した。エドのところには、前にエドの家で使われていた鍋で運ぶことにした。
準備をしている間にも出汁用スープの鍋はグツグツと煮立っていた。
野菜がしんなりしたら出汁用のスープから液体だけを掬って野菜の鍋へと入れていった。あとは野菜が舌で潰せるくらいになるまで煮込んでキャベツのスープの出来上がりだ。
(これからパンを焼いて……そうだわ)
アリシャは空の最小サイズの壺を棚から次々におろしていく。本来はジャムを入れて店に置いてもらう為の壺だった。だから、大きさは大人の男性の両手に収まるくらいしかない。
(なんとなく気が滅入るときは甘いものが食べたくなるわよね)
そうかといって何かを作る暇はないので大きな壺から小さな壺へ前に作ったリンゴのジャムを入れていった。パンに付けてもそのまま食べてもいい。早めに食べきるつもりでこのジャムはてんさい糖の量を抑えて自然な甘みに近いものにしてあった。リンゴは風邪の予防になるとレオが以前に話していたから、もってこいだ。
ジャムを壺に入れて各カゴに入れていく。
パンを焼いているとレオが料理部屋までやってきて、アリシャの用意したカゴを覗いて準備がいいと褒めた。
「あのレオさん。私、エドのお世話をしたいと思っています。見てください」
アリシャは先程作った防御の覆いを再び作り出し、近くにあった小麦を自分にかけて見せた。思惑通り、白い粉はアリシャには直接付かずにパラパラと床に落ちていった。
「私は自分に防御を張れます。だから大丈夫──って、そうだ。村の人全員に張ればいいんじゃない! なんで気が付かなかったのかしら」
自分の思いつきに声をあげたが、レオはそれはいけないと否定した。
「君の力は偉大だが村人全員にそれを施せば、それはそれで弊害があるぞ。やってきた旅人にはどうする? 噂を聞いて隣村の人もやってくれと言いに来たらどうする? 際限なくやらねばならなくなる。断れば気分を害す者も現れるというものだ」
名案だと思ったアリシャだったが、そう言われると引き下がるしかない。確かに、この世界の人を全員守るなんで無理なのだから。
「そう気を落とすな。心配はあるが、私がエドの面倒をみるよりもアリシャがその力を使い世話してやってくれた方が遥かに安全だろう。とにかく感染者を抑え込むのが重要だ。エドの元に行くことを許可する。くれぐれも注意を払って欲しい」
てっきりエドの元に行くことも断られるとしょげかえっていたアリシャは喜びの余りレオの手を握りそうになり、慌ててその手を自分の背に隠した。
「ありがとうございます! 気をつけます!」
レオは頷き「私はエドを何としても失いたくないのだ。これは……私のエゴだが、あの子の大切なものを救えなかった私のせめてもの償いなのだ」と、寂しげに微笑んでアリシャに頭を下げた。
「頼むぞ。防御の主よ」




