熱々干しぶどうとリンゴのパイ8
ああと声を漏らしてからイザクはアリシャの手から肉を取って持ってくれた。
「すまんな。気が付かなかった。歩きながら話そうか」
並んで歩きながらアリシャは何度も礼を言った。客に運んでもらうのは悪いと思っていても、燻製肉の重さに閉口して甘えてしまった。
「最近、変わったことなどはないか? ストルカの方が荒れているようだが」
ジョゼフの事が咄嗟に思い浮かんだが、このことを話すとアリシャの授かった力にまで話が及んでしまいそうで、口には出来なかった。防御の主であることは村人以外には口外しない約束なのだ。ジョゼフだって知らないままだったら命を落とすことはなかっただろう。
「そうですね。旅の人は口々にストルカ国には行きたくないと話しています。イザク様もストルカ国にご用があるのですか?」
イザクはそれにはとても曖昧な返事をし、代わりにこんな事を言い出した。
「ストルカが荒れている原因は防御の主が姿を見せぬことにあると言われている。君は防御の主のことで何か噂を耳にしていないか?」
ドキッとしてアリシャの眉がピクリと跳ねたが、アリシャは冷静を装って「聞いてはおりません」と答えた。一本調子になった気もするが、まるで動じていないと思ってくれたらと祈るばかりだ。
そうかとイザクは口では言ったが、アリシャにはイザクが納得していないような気がした。アリシャは急に不安に駆られ、リリーにうっかり口を滑らせていないかなど、自分の言動を猛烈な勢いで振り返っていく。
「防御の主が現れないと世の中は不安定過ぎて荒廃して行くような気がしてな……まぁ、私などが心配しても仕方がないのだが」
「荒廃して……行きますか?」
「この世に産み落とされた魔力は三つ。そのどれもが存在するからこそ均衡がとれるのだとおもわんか? 空には太陽が、地には川が、その間に風が吹くからこそ我々は生きていかれる。どれが欠けてもおかしくなってしまうのだよ」
改めてアリシャの体に宿った力の大きさに恐れ慄くと共に、アリシャは隠れていて良いのだろうかと新たな気持ちが湧いてきた。自分が隠れているから世の中の流れに狂いが生じているなら罪深いことのように思う。
「やぁ、アリシャ。イザクさん、その荷物は俺が持ちましょう」
連れだって歩いてきたボリスとエドに宿屋の角で出くわし、ボリスが板を抱え直して片手を空けて手を出した。
「いいよ、ボリス。俺が持つ」
横から大工道具を担いていたエドが割り込み、イザクに有無を言わさぬ強引さで燻製肉を取り上げた。
「アリシャは忙しいんで、話し相手が欲しいなら川向うのほら村が見えるでしょ?」
ボリスは川の向こう側を指して、イザクがそちらに顔を向けるまで待ってから続ける。
「あそこで店をやっているリリーさんになんでも聞くといい」
イザクは自分が軽くあしらわれたことに気がついただろうが、そこは顔には出さなかった。
「なるほど。行ってみよう」
邪魔をしたなと言い残し、橋の方へと歩いていった。
「アリシャ、いちいち客を相手にしてると時間がいくらあってたらないだろ? 忙しいと言っちゃっても問題ないと思うよ」
ボリスが宿屋の入り口に向けて足を出したので、皆それに追随した。
「そうなんだけど……」
断わる方法なんて思いつかないし、そもそもそんなに話が長引くとも思っていなかった。
「アリシャは誰に対してもやたらと《《愛想がいい》》からな」
エドの嫌味にムッとするが、怒りだけではなくて、傷付きもした。
「エド、そんな言い方するなよ。アリシャの人の良さが現れてるだけじゃないか」
ボリスはすかさずアリシャをフォローしてくれたが、エドは謝りもしないしどこ吹く風だった。エドらしい態度だが、チクチクとアリシャの胸が痛んでいた。
宿屋の中に入るとボリスはエドから大工道具を貰い受け、暖炉を作る予定の西側の窓の元に行ってしまった。エドは燻製肉を持っていたのでアリシャに続いて料理部屋までついて来た。
「ここに置いて」
アリシャの指定したテーブルに燻製肉を置くと、エドはさっさと体を翻した。そんなエドの服をアリシャは思わず掴んでいた。エドは引っ張られて不機嫌に振り返る。
「なんだよ」
「うん……あのさ……肉を運んでくれてありがと」
エドの口の端は下がり、明らかにそんな事で足止めをされたのかと言わんばかりだった。アリシャだってそんなことを言いたかったわけじゃない。
「そんな顔しないでよ」
「どんな顔だよ。生まれてこの方、この顔以外したことないけど?」
それは嘘だ。ココに向ける笑顔とか、時々見せてくれる優しい顔とか、今とはまるで違う顔なのだ。
「色々、誤解をされてるみたいだから……ちょっと話したかったの! そんなに怒らないでよ」
「誤解? ああ、アリシャが年上の男に弱いとか?」
「ほら! 誤解してるじゃない」
「誤解じゃねぇだろ。事実、事実。ほら、離せって」
離すもんかとシャツをさらに強く握りしめた。
「離さない! 私は、私は……エドの方が……」
そこでハッとして顔を上げると、エドのガラスのような美しい茶色の目が自分を見ていることに狼狽えた。いや違う。狼狽えたのは自分の口から勢いで出ていきそうになった言葉だ。
「あの……ええっと……」
アリシャは自分の顔が熱くなっていくのを感じて、今すぐ布団の中に顔を突っ込んでしまいたかった。




