熱々干しぶどうとリンゴのパイ6
「いつかアリシャかリアナか、どちらかと結婚できたらと思っていたんだ。君たちも本当に魅力的だから。でも予想より早く幸運が巡ってきたよ」
年齢からいえばリアナが適任だった。だからそこに名が上がるのは納得だった。
「じゃあ、結婚するのね?」
「そうなんだ。さっき両親にも話して──驚かれたよ。でもいいってさ」
アリシャはウィンの手を握り「おめでとう、ウィン。幸せになってね」と力を込めた。ウィンも笑みを広げて握手をかえす。手を解くとウィンはそれでお願いがあると言う。
「僕がお金を払うから思いっきり美味しいお菓子を皆に作ってくれないか? 秋は忙しいし、大きな祝いの席はしないでおこうとアヴリルと話し合ったんだ。でも、幸せのお裾分けというか、皆にもこの気持ちを共有して欲しくて」
「もちろんよ! リンゴのパイでもいいかしら? 特別にぶどうも山ほど散らすわ」
ウィンはニッコリ微笑んで「リンゴのパイを見るたびに僕は結婚した喜びを噛みしめることが出来るね。毎年、秋にアヴリルと」と同意してくれた。
ウィンの発想が素敵すぎてアリシャはジワリと涙腺が緩んだ。急いで結婚するのかもしれないが、ウィンならアヴリルとその子供を幸せにするに違いないと確信していた。
「なんだか嬉しいわ。ああ、どうしよう。飛び跳ねたい気分。もう子供じゃないのに」
ウィンが破顔して口角をあげた。
「反対しないでくれてありがとう」
「あら、こんな幸せなこと反対なんてしないわよ」
確かにもう少し時間をかけて考えるべき内容ではあるし、年齢だって引っ掛かりを覚えないことはないけれど。
「エドは怒っててね。自分のせいで結婚を焦るなんて許さ──」
そこまできてウィンは露骨にしまったという顔をした。
「今のは聞かなかったことにして欲しい。アリシャは話しやすいからつい口が滑った。じゃあ、パイよろしく頼んだよ。アヴリルを連れてレオさんにも挨拶に行かなきゃならないから」
アリシャはぎこちなく頷いて「わかったわ」となんとか答えて、逃げるように去っていくウィンを見送った。
(自分のせいで結婚を焦るのは許さないとエドがウィンに? どういうことなの? 全然わからない。どういうこと?)
幸せが伝播して心がフワフワしていたのに、今は夏の空に出来る入道雲が一気に成長していくように感じた。
どんなに考えてもまるでわかりそうもないので諦めたが、我慢しても意味を考えてしまうのだった。
顔を洗い宿屋に戻り、エプロンをすると昨晩大好評だった肉を温め直し、残っていたパンを炉の端の方に乗せて温めた。これらは各自料理部屋まで取りに来てくれるので、器によそって手渡していく。
給仕をしながらアリシャはリンゴの処理も進めていく。せっかくの祝いの品だから見た目も華やかに巨大なパイにし、結婚する二人が切り分けて渡す形にしたいと考えていた。
リンゴを角切りにし、ぶどうと一緒にバターとてんさい糖で炒めれば甘くて芳ばしい餡が出来る。先に中身に火を通してしまえば周りのパイが膨らんで薄く焦げ目が入ったら出来上がりということになり、失敗しないで済むだろう。大きなパイは中身にしっかり火を通すのが早いか、生地が焦げて黒くなるのが先かの競争になるのだ。よってこのやり方がアリシャの好みだった。
途中、レゼナが朝食を取りに来たのでアリシャは祝いの言葉を述べた。
「ウィンの結婚、聞きました。おめでとうございます」
レゼナはアリシャを両手で抱き寄せて「かわいいアリシャ。ありがとう」と、喜びを隠さない。アリシャはレゼナのこういうところが本当に好きだった。抱き返すのに力がこもってしまうほど、その実直な喜びに共感していた。
「私に娘と孫が出来るのよ! あ、と言ってもアリシャも私のかわいい娘なのよ?」
笑みを交わして互いに身を引くと、アリシャは「二人目の母です。私も娘だと思っています」と返した。
そこにボリスが戸口に現れ「その熱いハグに俺も入れてくれるかな?」と茶目っ気たっぷりに言った。
レゼナがボリスに手を伸ばし、空いている方でアリシャを抱く。
「皆、家族だわ。幸せなことよ、本当。結婚を許してくれて感謝しているの。ありがとう、ボリス」
「こちらこそ、ありがとうレゼナ。ウィンは前から知っているし安心だ。断る理由なんてないよ」
レゼナが皆を解放してから、ボリスはアリシャに意味ありげな笑みを浮かべてこんなことを言った。
「次は俺たち?」
「そういうことを──」
文句をつけようと体の向きを変えると、戸口にエドが居て、アリシャは思わず口を噤んでしまった。
「あら、エド。ほら、ボリスに挨拶なさい」
レゼナに促され、エドは手を出しボリスと握手を交わした。
「ウィンをよろしく」
「こちらこそ。あ、それで新婚二人に修繕が終わった家を明け渡すつもりなんだ」
レゼナは両手を合わせて「まぁ」と喜んだ。エドの方は「じゃあボリスはどこに住むんだ?」と問う。
「俺はまた宿屋の二階に戻るさ。暖炉代も入るしな。ってことで、アリシャまたよろしく頼むよ」
「あ、はい」
答えてからなぜかアリシャはエドの事が気になってチラリと見てみたが、横を向いていてどんな風に思っているのかわからなかった。
「寛大なお兄さんだわ。家のことは今朝話題に上がったのよね。家に住んでもらうには手狭だし、かと言って今から直すのは時期的に忙しいでしょう?」




