熱々干しぶどうとリンゴのパイ4
「俺の何がわかんねぇんだよ」
「ボリスに肩入れするなとか言ったじゃない。なんであんなことを言うのよ」
売り言葉に買い言葉のようになっていたのに、ここでエドの口が動いたと思ったら言葉を飲み込んでしまった。
「そうやって核心をはぐらかされると私はずっと悶々とするんだからね!」
スリの手綱を引きながら、エドはスリの顔を撫でた。
「お前が泣くかもしれないと思ったから言ったんだろ……」
「なんで私が泣くのよ」
「なんでって、アリシャはボリスが好きみたいだし、ボリスはアヴリルと恋人同士だと思ってたからだろ。振られたらあれじゃねーか」
アリシャの口を動かしていた怒りという機動力が失われ、その代わりに混乱で頭がぐるぐるし出した。
「え? え? 私がボリスを? ちょっと待って、嫌いじゃないけど……二人が恋人同士なら私は喜んで祝福するんだけど……。え?」
「恋人同士じゃないらしい。だから前言撤回だ。肩入れしてもいい」
「でも、えっと……ボリスに恋愛感情はないんだけど」
エドは両肩をあげて、どうやらまるで信じていない。むしろアリシャがボリスを好きだと信じ切っているらしい。
「ねぇ……ちょっとどうしてそんなに勘違いしてる──」
そこで板を担いだボリスが通り掛かって、アリシャは口を閉じた。ボリスの方は「おう。大騒ぎしてどうした?」と何も知らずに明るい顔で近づいてきた。
「大騒ぎなんてしてないわ」
即座にアリシャが否定するから、ボリスは可笑しそうに片方の眉を持ち上げる。
「そうか? エド、女の子には優しく丁寧に接しろよ?」
エドはそんな話には乗らずに、板を運んでいるボリスに家の修繕が終わったのかと問う。
「ああ、終わった。余った板を宿屋に運んでるんだ。カウンター作るにも使うしな。片付けをしたら坑道で石を掘るが……エドはリンゴを運ぶのが優先だな」
どうやら手伝って欲しそうだが、リンゴは待ってくれないのでどうぞそっちを手伝いに行ってとは言えなかった。
「リンゴが大方終わったらそっちに行くよ」
ボリスはエドの言葉にうなずいてからアリシャに「また夜に会おう。明日からはもっとアリシャの顔を拝めるな。楽しみにしてるよ」と、先に歩いていく。アリシャたちは荷車があるのでボリスと同じ道は使えず、そこでボリスと別れて宿屋に向かう。
まるで表情が読めない顔で前を向くエドに、改めてボリスのことはなんとも思ってないことを伝えようとしたが結局何も言わずに歩いていった。
ムキになるともっと誤解されそうだ。でも本当のところ、ボリスは楽しくていい人だけどまるっきり恋愛感情など抱いていなかった。
(ボリスのことよりエドの方がずっと……ずっと気になるわ。好きかどうかわからないけど、エドのことはなんだって知りたいのに)
今何を考えているのかとか、どんな物が好きなのかとか。些細なことでいいからエドのことを知りたかった。
それなのに、リンゴを下ろすとサッサと行ってしまうのだから、アリシャは少しだけ寂しかった。それはアリシャだけではないらしい。アリシャの横でエドを見送るココも座ったまま尻尾を振り続け、エドの姿が見えなくなるまで見つめているのだった。
気を取り直し、リンゴを一カゴ分井戸の横で洗い、直ぐに加工すべき分と、明日以降でもたぶん問題ない分に分けていった。今から処理するものを料理部屋のテーブルへ、明日以降用のはカゴに入れて料理部屋の片隅に置いた。
テーブルの上にある分をザクザク切って、単なる虫食いの部分はブタ用の屑入れへ、腐って食べられない物は桶に入れていく。こうして食べる部分だけを大鍋に入れると、もう一度井戸で一カゴ分洗い選別して運ぶ。
そこでやっと一度目に切ったリンゴを弱火にかけて焦げないように時々混ぜながら、次に煮詰める用のリンゴを切っていった。
リンゴを煮詰める傍らでもう一つの大鍋がグツグツと沸騰していた。二回目のリンゴを切り終えたところで壺を丸々沸騰した湯に沈めた。
食べ物ではない壺を煮詰めるなんておかしな話だが、こうすると作ったジャムが悪くならないのだと、祖母から聞いたことがあった。
「水の精霊が降りてきてジャムを守ってくださる呪いなのさ」
祖母はグツグツと煮えたぎる湯で壺を煮詰めながら話していたと思う。
「アリシャ」
珍しくレオが料理部屋にやってきてアリシャに声を掛けた。
「はい」
エプロンで手を拭きながら振り返るアリシャを待って「客が来た。一人は個室に、もう一人の従者の方は二階に泊まりたいそうだ」と、教えてくれた。
泊り客は大歓迎だ。リンゴがなければ手厚く出迎えたいところだが、いまはどうにも手が飽きそうもない。
「今、広間に居ますか?」
「いや、家畜小屋に馬を置きに行ってもらった。忙しいなら私が部屋の案内をしておくが、どうする?」
誰もが敬意を払うようなレオにそのような仕事をしてもらうことに気後れするが、今は猫の手を借りたいほど忙しいからおずおずお願いした。
「じゃあ……本当に申し訳ないですけどお願いします。リンゴジャムを詰めたらシーツを掛けますから──」
「ああ、それならシーツを渡して自分たちでやってもらおう。掛け布団はどうなってる?」
「どちらも用意してあります」
「じゃあ今、シーツを取ってきてくれ。これは焦げないように掻き混ぜておけばいいのだろう?」
火にかけた大鍋を覗きながら、レオは横に置いてあった木べらを手に取った。
「あの、そんなことまで……すいません」
「薬液作りとかわらんよ。ほら、取っておいで」
アリシャは軽く頭を下げると、いつも斜め掛けしているポシェットを漁りながら自室へと走っていった。収納箱にはしっかり鍵がかけられていて、その鍵をポシェットに入れ肌見離さず持ち歩いていた。




