肉のパン包みフリッターガーリック風味5
それは駄目だと言おうとしたが、ウィンに訴えても困らせてしまうだけだと口を噤む。
「石灰を運んで来たんだ。それを置いたらスリを家の方に戻すよ。ここには置いておけないし。何か必要な物はある?」
「あり過ぎて今はわからない。生活しだしたら何もかも足らないと思うかも」
垂れた目を更に下げてウィンは笑った。
「そりゃそうだね。ああ、そうそう」
そう言ってウィンはカゴの中に再び手を入れた。取り出したのはポピュラーな石のナイフだった。尖った石に木の柄をつけて、革でぐるぐると固定してある。
「こういうのが必要だろ?」
柄の方をアリシャに向けると手渡した。確かに生活必需品だ。用途別に使いやすい道具を手に入れるまではこれで大方はしのげるはず。
「なんとも飾り気のないものだけど、プレゼントだよ。ようこそ我が村へ、アリシャ」
「ありがとう。これから葦を取りに行くから早速使わせて貰うわ」
「言ってくれれば石の鎌を持ってきたのに」
「そうなんだけど、頭の中が忙し過ぎて浮かばないの。何もかも足らないし、何もかも考えなきゃならなくて、目が回りそうよ」
二人で笑い合ってから、アリシャは早速ナイフを持って葦を取りに川へと向かい、ウィンは荷物を中へと運んでいった。
塔から出て葦の群生を目指す。
川幅はかなり広く、川むこうには茅葺き屋根の村が見えた。家の数は多くはなさそうだが、遠くて全貌が見えていないだけなのかもしれない。レオの家の近くに橋が掛かっていることに気が付き、容易に行き来できることがわかった。レゼナはあの村に買い出しに行くのだろうか。
アリシャは立派ではあるが動いていない水車小屋を横目に、葦の群生へと寄り道せずに向かった。この村に来る前のアリシャならば好奇心を抑えきれずに水車小屋の戸を開けてみたはずだが、今は生きるためにやるべきことが山積みになっている。
早速貰ったナイフで青い葦を刈っていく。今日はやることも多いし、運ぶ道具もないので一抱え分だけとる。とはいえ、めいいっぱい抱えて帰るつもりだ。
春の川は水量が多く、魚が時々跳ねる。水紋が広がる前に形を崩して消えていく。
まだ若い葦は背が低く青々としていた。刈ったものは干しておいて色が茶色に変色したらカゴに出来る。また、燃料にもなるので何かと重宝する物だった。
何とか一抱え、腕の中に抱え込むと来た道を引き返す。前を見るのも難しいほど抱え込んでしまい、時々小石に足を取られてつまづきそうになったりした。
そんな時、アリシャの耳には母の声が聞こえた。
「ほら、時々足元を確認して? 怪我をしてしまうから」
(わかっているわ、お母さん)
まだはっきりと思い出せる声をいつかは忘れてしまうのだろうか。不安を抱くとアリシャの心に痛みが走るが、それはまたしても案外簡単に引いていく。
(私……こんなに非情な人間だったのかな。どうして平気なのだろう)
心が麻痺をするというのを聞いたことがあるし、実際子供を亡くした女性がそうなったのを見たこともあった。しかし、その人は心だけでなく人間としても空っぽになり青白い顔をして、ただぼんやりと宙を見ている日々を送っていた。
痛みも感じない代わりに、空腹や睡眠といった基本的なことすら感じなくなり、結局亡くなってしまったのだ。
アリシャはまた小石に躓きながら両親に訴えていた。
(悲しい。本当に悲しいのよ……どうして平気にしていられるのかわからない。お父さんとお母さんに会いたいのに……どうして私ってば普通にしていられるのかな。ごめんなさい)
ただ、歩いているだけだから負の感情に苛まれるのだと思い、早足で塔へと戻ってきた。
扉は壊れて開きっ放しなので、入って直ぐのところにバラバラと葦を落とし、再び一掴みだけ拾い上げると、上から順に掃き掃除をしていった。
壁は石でも一階以外の床は板材だった。
倉庫代わりにしていただけあって藁や麦が落ちていて、掃いていると板の隙間から下の階へと落下していく。確かに冬場はこの隙間から容赦なく風が吹き下ろしてくるだろう。
換気という点だけ取れば完璧だ。ここまで風が吹き抜けるなら狭いが一階で煮炊きしても危険はないはずだ。もし、計画通り宿屋で料理出来なかったり、嵐で外へ出られないときはここで火を炊こうと決めた。肉を炙るくらいなら出来るだろう。
丁寧に掃き掃除をしても時間が余ったので、運んで来た葦を束ねて葦で縛り、五束ほど作れたところで外から音がした。
急いでおもてに顔を出すと、牛の手綱を握るドクを先頭に、荷車の左右に分かれたウィンとレオがやってきた。
「待たせたかー?」
「いえ、全然です」
「なんて言ったって牛はのんびりだからな」
ドクの言葉を理解したように牛がモーと一言。
「人間が運ぶより早いがな」
低い声のレオに「その通りです!」と、明るくドクが相槌を打つ。
何を言われてもどこ吹く風の牛は同じペースで荷車をゆっくりと引っ張っていく。
ウィンは荷車から自分の背と同じくらい板を一枚取り上げ肩に担いだ。まだ生木の匂いがする細い丸太を三等分しただけの板だった。急拵えなので仕方ないが、乾かしたり、かんなで削ったりはしていない。あちこちに斧の跡もあった。
オーク材なので、使わなくなったら再利用できる。ブナでは再利用といったら薪にするくらいしかないので、その点オーク材は優秀なのだ。
「軽くなった方が早く歩けるだろうし、これくらいなら運べるから運んじゃうよ」
「近いし、そうするか」
レオもならって肩に板を乗せる。
「レオ様はやらんでいいですよ。若いやつにやらせておけばいいんです」
「年寄り扱いするな。お前こそ息子たちが大きくなって手抜きばかりを覚えおって」
アリシャも荷車の中を覗いて、持てそうな板を選んで手をかけた。
「おっとアリシャ、俺を仲間外れにするつもりか?」
気がついたドクはアリシャを止めたが、レオが横から「アリシャが牛を引けばいい」と進言し、とうとう自分も板を運ぶ羽目になった。
「サボるつもりはなかったんですよ? ほんとに」
一人言うドクを無視してレオは板を運んでいった。ドクもレオのと同じ大きさに切られた板を担ぎ、ブチブチと言い訳しながら塔の中へと消えていく。
「ドクさんったら面白い人。さあ、牛さん。もう少しだから頑張ってね」
アリシャの声がけに尻尾を振って答えた牛はガラガラと荷車を引いていった。




