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「闇雲にぶつかり合うより話はしてみるべきだ。従者をつけていいと言うのは気になるがな」
エクトルが眉を上げて「従者か? 従者を伴うのは普通ではないか」と答えた。
「敢えていうところに引っかかりを覚える。イライザと面識のない者に行かせよう」
「面識のない者にする? なぜだ」
「イライザと面識がある者イコール私やエドということだ。ストルカに居た我らの知り合いがあの場に居れば容赦なく利用してくるはずだ。要は拷問するのを見せたりすることで──」
話の途中でエクトルはそれ以上言うなと掌を見せた。
「ではイザク」
イザクを指名しようとするとレオが「刺激を避けて、ボリスにしよう。兵士ではないし、ストルカ国の民だが、首都に居たことはないはずだ」と、ボリスの名を挙げた。
ここでアリシャがやっと話す隙間をみつけて「あの……」とおずおずと申し出る。
「私、一人で行けますから」
防御さえ使えば、ただ話を聞いて帰ってくるのは造作ないことだと思った。しかし反応は一様に「ダメだ」と否定的だった。
「お前を一人であちらに行かせるなどあり得ん」
エクトルが言えば、レオも頷き言う。
「イライザは優しさにつけいり、脅すかもしれん。ボリスはあれで冷静な男だ。連れていきなさい」
皆に一人で行くことを反対され、アリシャはボリスと共に敵陣へと向かうことになった。
「何があっても動揺をみせるなよ」
エクトルの助言にぎこちなく頷いた。それを聞いていたレオも「心配ならば心に防御を張りなさい」と言ったが、心に張るのは実のところやり方がわからないままだった。それは伏せておき、やはり頷く。
説明を受けたボリスの元へと向かうとエドがボリスに「頼んだぞ」と言い、ボリスは真摯な顔でわかったと答えていた。
揃って階段を下りていく姿に、無数の視線が注がれていた。注目を集めているだけで体が強張るアリシャとは違いボリスは動じていない様子だった。
「イライザが悪魔のような人間だと知っているから先に言うけど」
ボリスは体を揺らして階段を下りながらアリシャに話しかけてきた。
「男だろうが女だろうが……子供だろうが。目の前でイライザから酷い扱いを受けていても俺は見なかったことにして助けない。それが俺たちの弱味になるから。アリシャが心を痛めていても、首根っこを押さえて戻るつもりだから」
私も。と口にしてから隣のボリスに顔を向ける。
「私もちゃんと理解してるわ。動揺し、同情してイライザ女王の策略にはまれば、皆の命が危険にさらされるってわかっているの」
イライザ女王が、手段はどうあれアリシャを味方につけるようなことになれば、スルシュア王国側に不利となる。そこには村の人々も、無関係な街の人もいるのだ。
緊張して手が震えて仕方がない。アリシャは自分の後ろをついて来ようとしていたボリスに横に並んで欲しいと懇願した。既に二人には防御を張っているのだからどこに居ようがそこに変化はない。ただ、ここに居るストルカ国の兵士や、塀の上から見守っている兵士たちも皆見ていると思うと恐ろしかった。
「ボリス、怖いわ」
「人間だと思うから怖いんだ。羊だと思えばいい」
ボリスは半分笑いながら言う。アリシャとは違いリラックスしているようだった。
「ボリスってすごいわ」
思わず率直な感想が口から出たが、ボリスはそれにも笑うだけだった。
「さて、イライザだ。頭を垂れる必要はないよ。君は同格なんだから」
兵士たちが自然と道を開け、アリシャたちは真っすぐイライザの元へと向かっていた。
馬上より見下ろすイライザはとてつもなく巨大だった。それは男だからというより馬上だからに過ぎないが、それとは別にアリシャはイライザが発する魔力をびりびりと肌に感じていた。
(エクトルよりも強大な力だわ)
イライザは歩み寄ってくるアリシャに口の端を上げていく。
「これはこれは……名乗らなくてもわかる。お前が防御の主だな」
レオからイライザが男であると聞いていたから動揺しなかったが、化粧を施した顔に紅を引かれた唇、しかし発せられる声は男そのものだった。美しい中性的な男性だ。
「イライザ女王、その通りでございます」
アリシャは声が震えなかったことを神に感謝した。怖がっていることを悟られたくなかった。
「試してみよう」
その言葉を合図にイライザの馬の横に立っていた兵士がおもむろに剣を脱いで、アリシャに斬りかかってきた。とっさにアリシャの横にいたボリスがアリシャを庇い抱え込んだが、剣は宙で防御の力に跳ね返されていた。その瞬間、剣を握っていた男が突然発火し転がりだして兵士たちが慌てて男から離れていく。
「逃げるな、消してやれ」
イライザは命令を下すと塀の上を見上げた。そして片手をあげた。エクトルに何もしないと合図を送ったのだとアリシャは理解した。
男たちが外套などを被せ火を消し止めたが、やけどを負った男は苦しそうに身悶えて肩で息を繰り返している。
「見ていなさい、防御の主よ」
イライザはそう告げると、男に手を差し出した。アリシャはその手から魔力が放出されているのを感じ取ることが出来た。真っすぐ注がれた魔力を体に受けると、男の傷はみるみる回復していった。
「これが私の力だ」
焼けたはずの男の肌が元の色に戻ったのを見ると、イライザはアリシャに向けて言った。服は元には戻らないから男の恰好は不思議なものとなり、周りの人間が手を貸し起こしたところで外套を着せられていた。




