チーズとかぼちゃのタルト蜂蜜掛け3
「だって王子様だもん! この村から出ていったら二度と話す機会なんてないでしょ? 勉強を教えてもらったら生涯『エクトル様に計算を教えてもらったの』って言えるじゃない」
「誰も信じないって。しかもそれのどこが自慢できる点なんだよ」
ユーリは羨ましがるリアナにわざと雪を後ろに掻いて意地悪をしながら進んでいる。二人は先程からずっと雪の掛け合いだ。
アリシャの方まで雪が時々飛んでくるが、至って平和な光景に注意する気にもならず笑いながらあとについていった。
水車小屋に着くと思ったより川が凍りついていて、何か叩き割れるものが必要だと判明した。元気が有り余っているユーリとリアナが戻って取りに行くことになった。
二人がじゃれ合うように来た道を引き返していくのを、ボリスとアリシャは並んで見送った。
「いいね、悩みがなさそうで」
白銀に染められた世界を分け入っていく二人を見つめるボリスは眩しそうに目を細めていた。
「そうね。ボリスは悩みがあるの?」
「そりゃあまあね」
笑って答えるボリスを見るといつもより鮮やかなグリーンの瞳が美しかった。
「そういうの、悩みのひとつだよ」
見上げていたアリシャの鼻を摘んでボリスは言った。
「え? なにが?」
「見上げて半開きの魅惑的な唇だよ。エドが正直羨ましい」
ボッと顔から火を吹いてアリシャは俯いた。
「そういうのも、また悩ましいね」
アリシャは思わず膝より上まである雪に手を突っ込んで掴むと自分の顔に押し当てた。熱くなった頬に痛いほど冷たい雪、なんだか頭がキーンとなった。
「アハハ、何やってんのさ」
ボリスはアリシャの顔から雪を払うと、濡れた手の水を素早い動きで切った。
「直ぐに赤くなるから……」
「いいんじゃない? 可愛いよ。ま、これ以上言うとエドに殺されそうだからやめとくよ」
ゴシゴシと濡れた頬を擦っていると、宿屋の方から足を縺れさせ転がるように二人が戻ってきた。しかし手に何も持っていないし異様に慌てている。
アリシャとボリスが顔を見合わせてからまた二人を見る。
「どうしたのかしら?」
アリシャが二人の方に一歩踏み出すと思いの外深く足を取られて前のめりになった。後ろから二の腕を掴んでボリスが助けてくれたから雪に突っ込まずに済んだ。
「足元には気をつけて」
引っ張り上げてくれた勢いでボリスの胸に背中から突っ込んで見上げた。
「あ……ありがとう」
ボリスの顔を下から見上げた時、二人の間に走った緊張にアリシャが動揺して、もがいて体勢を整えた。
「大変よー!」
「俺が言うってば!」
文字通り競って二人は雪の中を進んで来て、やっとアリシャ達の前に辿り着いた。ハァハァと息が上がって二人とも言うのを争っていた割にはなかなか話し出すことが出来なかった。
「イザクさんが教えてくれたんだけどね」
「森で──」
「あ、ちょっと! 私が話すから!」
会話と会話の合間に呼吸を懸命に整えて話す姿はなかなか可愛らしい。最終的にリアナがピシッと「ユーリはちょっと黙っていて」と言い放ち話しだした。
「森で遺体が見つかったんですって。それが獣に食い散らかされていて傷みが酷くて……骨になっているところも多いって」
恐ろしいことだ。アリシャが息を呑むと後ろからボリスが肩を抱いた。大丈夫かと聞かれたので大丈夫だと答えたが、頬から抜けていった寒気にゾクゾクした。
「──誰なのかわかるのかしら」
「顔はわからないけど服がジャンヌみたいだって」
反射的にのけ反った体をボリスが後ろから支えてくれていた。
「それは本当に──大変だわ」
アリシャの脳裏には更に良くない状況が浮かんでいたが、それは迂闊には口には出来ない。もし口に出してしまったら、事実になってしまいそうな不安があった。
「戻ろう。事故なのかどうかもわからないし、捜索しなきゃならないことも予想されるから」
ボリスの言葉にはアリシャと同じ不安が滲んでいた。ジャンヌが亡くなったのなら、ルクはどうしたというのか。最悪な事態を考えると居ても立っても居られない。
せっかく水車小屋まで来たが手ぶらのまま、皆無言で引き返していく。先をいくルクの弟ユーリは興奮こそしているがどうも事の重大さに気がついていないようだった。
急いで宿屋に戻ると四人とも雪まみれになっており、宿屋に入る前に雪を払い落とさねばならなかった。互いに雪を払い合って宿屋に入って行くと、村人は全員顔をそろえていた。全員の表情が暗い。特にナジの悲壮感は誰も声を掛けられないほどだった。
「揃ったか」
椅子に腰かけていたエクトルが皆の顔を見渡して立ち上がった。兵が数人見当たらないがエクトルが言及しないということはそこは問題ではないのだろう。
「皆で馬を連れて川沿いを歩いていたら獣が雪を掘り返したと思われる一帯を見つけた。そこには散乱した亡骸があったが、あまり状態は芳しくない」
そこでナジの方へと視線を投げたが、直ぐに違うところへと移動させて続ける。
「遺体は一体しか見当たらなかった。もちろん、雪が覆いかぶさっていてわからないだけかもしれないが、とにかく獣が掘り返したのは一体だけだ」




