キャベツの塩漬け入りマスのほかほかシチュー5
自ら放った言葉にボリスはチクリと痛みを感じた。ボリスにとって忌々しいことだが、事実だ。アリシャはエドしか見えていない。今朝だって、皆がアリシャに感謝していたのにエドの顔色しか見ていなかった。
「言葉には到底出来ぬ気持ちがあるのだ。感情よりも魂が切望する強い力をアリシャとて感じているはずだ」
「だからと言って二人が《《愛し合う》》為の捨て駒みたいな役割を果たせと言うのか? アリシャに子供を産ませる為に」
「私の子も、どこかの女と作るつもりだ。痛み分けだな」
誰と誰が痛みをわけるのか、ボリスにはさっぱりわからない。
「ついさっきまであなたを良い統治者だと思っていたのに……恐ろしいほど利己的で独りよがりな考え方だ」
エクトルはまるで動ぜず鼻で笑う。
「時には憎まれようとやらねばならぬことがある。利己的ではない。力を維持するのは民の為だ。それに、アリシャに男をあてがうのは私とて反吐が出そうだが、そうする他ないのだから諦めるしかないのだ」
「あてがわれた方の気持は? 快楽の為にアリシャと寝たいわけではない。それにアリシャはどうなる? 好きでもない相手と寝るとは思えない」
そこで目を瞑り、ボリスは一息つくと再び目を開けた。
「なぜ俺に言うのですか。アリシャはエドが好きだ。黙っていたっていずれそうなる。それを待てば良いだけではないですか!」
エクトルは顔を背け「エドワードはダメだ」と理由は言わなかった。だが、ボリスにはなんとなくエクトルがエドを相手役に選ばなかった理由がわかった気がした。
簡単な事だ。アリシャはエドに惚れている。エクトルの力とアリシャの力が惹き付けられようとも、エドに抱かれたアリシャがエドから離れることはないだろう。
エクトルもそこはわかっているからボリスに言ったのだ。ボリス相手なら──アリシャを奪うことが出来るだろうと踏んでいるということだ。
屈辱的なことではあるが、この美しい男も敗北感を抱いていると思うと溜飲が下がるというものだった。地位や名誉、美貌や金すら兼ね揃えた目の前の男が自分と同じ気持ちを抱えているとは。
「あなたは俺たちに良くしてくれた。だからこの件は聞かなかったことにしよう。俺は好きな女に無理強いはしない。それだけだ」
王子であろうとここはドナ村で、強いて言うなら長はレオだ。よってボリスは軽く頭を下げるにとどめると、サッサと部屋を後にした。
部屋から出るとイザクが近くに待機していたが表情は読み取れなかった。
(無礼者ととられたって知ったこっちゃない)
イザクの横を過ぎると階段に腰掛けて弓の手入れをしていたエドの元へと行った。
「エクトルと仲良くなったのか?」
「いや、変な依頼を断ったところだ」
エドは弓の張りを確認してから、弓を置いた。
「変な依頼でも金になるならやればいいじゃないか」
ボリスは肩を上げ「それをしたら俺は俺が嫌いになるんだ。だから断った」と、言ってからエドの隣に腰を下ろした。二人の重みで階段の板が軋む。
「悠長に構えているが大事なものを食わずにとっておくと横から掻っ攫われるぞ」
眉間にシワを寄せたエドが「例えて言わずに単刀直入に言えよ」と不機嫌に返した。
「じゃあ言うが、俺はアリシャが好きだ。だが、アリシャの意思を尊重する。大抵の人間はそうやって相手の気持ちを尊重するが──そうしない者もいるって話だよ」
険しい表情のままエドが一呼吸置いてから口を開いた。
「譲る気はねぇよ。たとえ世話になったあんた相手でも、《《アレ》》にもな」
エドの視線は先程までボリスが居た部屋へと向かう。
「わかっているなら尚更、早く自分のものにするんだな。《《アレ》》は俺にアリシャと子を成せと言ってきた。力を持つ同士が子を持つわけにはいかないからって理由でな。子供が出来たら自分がアリシャを貰う算段らしい」
ゲスめと吐き捨てるエドにボリスも同意だった。ただ、ボヤボヤしているエドにも不満はあったので何も言わずに聞き流すにとどめた。
「それにしてもボリス。アンタはお人好しだな。アリシャを襲って金まで手に入るっていうのに、それを俺に言うのかよ」
それにもボリスは同意せざるを得ない。宙を仰いで息を吐き出した。
「出会った時は生意気でクソ可愛くなかったが……それでもエドを嫌いにならなかったからな。仕方ないさ。生意気な弟から好きなものは取れないだろ」
エドも僅かに笑みを浮かべた。
「クソ可愛くなかったは余計だろ」
「いや、そこは譲れねぇな。でも狩りのセンスは抜群だった」
「下手だったけどな」
出会った頃のエドは荒れていた。ボリスは子供時代のなんにでも反抗したい時期なのかと思っていたが、事情を知った今なら違うのだとわかる。抱えるには余りにつらすぎる苦しみを吐き出していたのだろう。それに、エドに言ったら怒りそうだが、エクトルに似た傲慢さも見え隠れしていたように感じる。
(住む世界が違うからな。自ずと考え方も上から目線になるんだろうな。そこに悪気がないから厄介なんだが)
「王子か……」
普通なら一生話すこともない人種だ。理解できなくて当たり前なのだとボリスは結論付けた。
「俺に力があったら、アイツみたいになっていたのかもしれないな」
エドの言葉にふとイライザの事を思い出した。




