嘘から始まる物語――創作界隈のアンビバレンス
pixiv小説の執筆応援プロジェクトのテーマが「嘘」だと聞いて、思わず苦笑いしてしまった。
実は俺、こういう「テーマ小説」みたいなのは最初はあまり好きじゃなかった。正直に白状すると、お題に縛られるなんて学校の作文じゃあるまいし、と思っていた節がある。創作なんて自分の内側から湧き出るものを書けばいいじゃないか、なんて青臭いことを考えていたのだ。
しかしよく見ると話はそう単純じゃない。実際に「嘘」というお題を前にしたとき、俺自身の創作生活を振り返ってみると、嘘だらけなのである。俺たちが書いている小説なんて、よく考えてみれば全部嘘じゃないか。登場人物は存在しないし、描かれる出来事も起こっていない。でも読者はその嘘を楽しんでいる――いや、その嘘を真実として受け取ってくれている。
これは面白い逆説だと思う。創作者は嘘つきであり、同時に真実を語る者でもある。俺のような底辺字書きが偉そうに言えた義理じゃないが、フィクションの力というのは、嘘を通して真実を伝えることにあるのではないだろうか。恋愛小説で描かれる「運命の出会い」は嘘だが、そこに込められた「誰かを愛したい、愛されたい」という気持ちは真実だ。ファンタジー小説の魔法は嘘だが、現実の制約から解放されたいという願いは本物だ。
そう、それが興味深いのだ。
創作界隈を見回してみると、この嘘と真実の境界線で悩んでいる書き手は多い。「リアリティがない」と言われれば落ち込むし、かといって現実をそのまま書いても面白くない。読者に「これは作り物だ」と思われたくないけれど、完全にリアルにしたら今度は「ただの日記」になってしまう。この絶妙なバランス感覚こそが、創作の醍醐味であり地獄でもある。
AIに小説を書かせる話題も、この文脈で考えると興味深い。カクヨムで那須なすかさんが「AIに小説を書かせるな。下読みをさせろ」という記事を書いているが、これもまた嘘と真実の問題に関わってくる。AIが生成する文章は、ある意味で完璧な嘘だ。文法的に正しく、それらしい展開を見せるが、そこに魂はない。人間の書く嘘は不完全だが、その不完全さの中に真実が宿っている。
掌で転がされていると分かっていても、俺はこういう議論が好きだ。結局のところ、俺たちは嘘を書くことで生きている。Web小説サイトに投稿するときも、同人誌を頒布するときも、俺たちは嘘つきとして振る舞っている。でもその嘘が誰かの心に響いたとき、それは真実になる。
カクヨムのコンテストラッシュを見ていても思うのだが、「異世界最かわヒロイン」だの「この男'sの絆が尊い」だの、どれも現実にはない嘘っぱちの設定ばかりだ。でも応募者たちは真剣にその嘘を練り上げ、読者は真剣にその嘘に付き合ってくれる。これを茶番と呼ぶのは簡単だが、俺にはとても尊い営みに見える。
陳腐な言い方だが、創作とは嘘をつく技術なのかもしれない。上手な嘘、美しい嘘、人を感動させる嘘。そしてその嘘の向こう側に、書き手の本当の気持ちがかすかに透けて見える――そんな作品に出会えたとき、俺たちは創作の意味を理解するのだろう。
pixivの執筆応援プロジェクトに応募するかどうか、まだ決めていない。でも「嘘」というテーマについて考えているうちに、なんだか書きたいものが見えてきた気がする。きっとそれもまた、真実を含んだ美しい嘘になるのだろう。
追記
テーマ小説を否定的に捉える向きもあるかもしれないが、お題があることで普段書かないジャンルに挑戦できるという利点もある。また、pixivの執筆応援プロジェクトは未完結作品でも参加可能なので、習作として気軽に取り組めるのも良い。創作の入り口としてはむしろ推奨されるべきかもしれない。




