パンティーでバレるおっさんの正体
創作者の化けの皮が剥がれる瞬間って、案外しょうもないところにあるもんだ。
若い女性キャラの一人称エロ小説で、下着のことを「パンティー」と書いちゃうおっさん作者の話が話題になってた。確かに言われてみれば、リアルな女子高生が「私のパンティーが」なんて言ってたら、なんか違和感あるよな。でも待てよ、じゃあ実際の若い女子は何て言ってるんだ?
面白いのは、「パンティーはおっさん臭い」と指摘する側も、実際に若い女性が何と呼んでるかは知らないってことだ。下着?パンツ?それとも他の呼び方?みんな想像で語ってるじゃねえか。
結局のところ、俺たちオタクおっさんは現実の女性との接点が少なすぎて、リアリティのない創作を垂れ流してるってことなのかもしれん。でもそれって、別に恥ずかしいことでもないだろう。フィクションなんだから、多少現実離れしてても構わないはずだ。
問題は「リアル」を求められる作品で、作者の現実認識の甘さが露呈することなんだな。特にエロ小説なんて、読者はある程度のリアリティを求めてくる。そこで「パンティー」なんて単語が出てきたら、一気に現実味が失せる。
でも考えてみろよ。これって「パンティー」だけの問題じゃないだろ?女性キャラの心理描写、身体的な反応、日常の行動パターン。男性作者の書く女性キャラって、どこかでボロが出るもんだ。
逆に言えば、女性作者が男性キャラを書いても同じことが起きてる。男の一人称で「可愛い〜」を多用したり、やたら感情的な表現が多かったりすると、「あ、これ女性作者だな」ってバレる。
つまり、完璧に性別を偽装して創作するなんて、そもそも無理な話なんだよ。だったら最初から開き直って、「俺の考えた女の子」として堂々と書けばいいじゃないか。
リアルさを追求するあまり、創作の自由度を失うのも本末転倒だ。現実の女性が「パンティー」なんて言わないからって、フィクションでも使っちゃダメなのか?そんなこと言い出したら、現実離れした設定の作品なんて全部アウトになっちまう。
ただし、読者が求めるリアリティのレベルは作品ジャンルによって違う。日常系やヒューマンドラマなら細かいリアリティが重要だし、ファンタジーやSFなら多少現実離れしてても許される。要は使い分けの問題だろう。




