第6話 去りゆく月、残る温度
十二日間は、驚くほど均質に過ぎていった。
朝に目を覚まし、食事をとり、庭を歩き、
求められれば応じ、
夜になればまた月光の下で触れられる。
儀式は回数を重ねるほど、特別なものではなくなっていった。
身体は相変わらず軽く、熱を持っても引きずらない。
ただ、心だけが、少しずつ摩耗していく。
南月の神――炎嵐は、変わらなかった。
紋章の色が十分に満ちても、
彼は当然のようにこちらを見て、当然のように求めた。
「まだいけるだろ」
「余裕があるうちに、だ」
その声音はいつも大きく、まっすぐで、
悪意は一切なかった。
それが余計に、拒む理由を失わせる。
最終日の朝、
彼はいつもより静かだった。
露天風呂の縁に腰を下ろし、
湯気の向こうで、こちらを見ずに言う。
「次は、一年後だな」
一年。
この世界では短くも長い時間。
「俺は待つのは得意だ」
そう言って笑った顔は、
初日の騒がしさよりも、少しだけ大人びて見えた。
別れ際、
彼は強く抱きしめることも、
最後を求めることもしなかった。
ただ、名残惜しそうに、
太陽を見上げていただけだ。
――温度差、だな。
炎嵐の背中を見送りながら、
陽奈は次に来る月を思う。
西月の神。
説明を聞くだけで分かる、
感情より義務を優先するタイプ。
十二日間。
同じことを、また繰り返す。
そう考えた瞬間、
胸の奥に、鈍い疲労が沈んだ。
⸻
儀式の施設を離れ、
元いた宮での生活に戻る。
いつの間にか、
この国での暮らしにも慣れていた。
以前は、
祈る時間と散歩以外、
持て余すばかりだった日々。
今は違う。
料理をしてみたり、
紙と墨で、拙い漫画を描いてみたり。
時間だけは、いくらでもある。
ネットはない。
けれど、不思議と不便は感じなかった。
責任ある役目だからこそ、
待遇は良い。
欲しいものは、だいたい手に入る。
――大したことはしていないのに。
そう思うたび、
太陽という役割の重さを、
遅れて実感する。
そんな日々の中、
ある朝、知らせが届く。
西月の神が、到着する。
馬車に乗り、
迎えに向かう準備をしながら、
陽奈は小さく息を吐いた。
次の十二日間が、
どんな温度を持つのか。
それを考えるには、
まだ少し、心が追いついていなかった。
馬車が動き出す。
太陽は、また月を迎えに行く。
――拒まないまま




