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触れられるたび、月は満ちる。 神であることは、拒めないということだった。  作者: Carrie
南月編

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第4話 満ちる前の、静けさ

暗闇を、私は漂っていた。


夜空のように深く、底が見えない。

けれど冷たくはなく、身体はどこか温かい。

湯船に浸かっているような感覚と、空に浮かんでいる感覚が、ゆるやかに混ざり合っている。


重さがない。

境界もない。


――まだ、夢の中だ。


そう思ったところで、遠くから光が差し込んできた。


天窓だ、と気づく前に、瞼の裏が明るくなる。

私はゆっくりと、意識を取り戻した。


目を開けると、白い天井。

月の光ではなく、昼の光が差している。


隣には、誰もいなかった。


寝台を降り、脱ぎ捨てられた衣服を拾い集める。

昨夜のことを思い出そうとすると、途中から記憶が途切れている。


リビングダイニングへ行ってみたが、そこにも炎嵐の姿はない。

食事はすでに片付けられていた。


静かだ。


そのとき、ようやく気づく。

――身体が、異様に軽い。


疲労も、気だるさもない。

むしろ、よく眠った日の朝よりも、澄んでいる。


散歩でもしようか。

そう思い、着替えを取りに戻りかけて、ふと考え直す。


その前に、一度風呂に入ろう。


昨夜は暗くて、内風呂しか見えなかった。

改めて浴場を見渡すと、奥にもう一つ扉がある。


開けると、外の光が一気に流れ込んできた。


――露天風呂。


思っていた以上に広い。

岩に囲まれ、空が大きく切り取られている。


朝だと思っていたけれど、

太陽はすでに高く、ほぼ真上に近い。


昼間から露天風呂に入る、という贅沢。

そんなことを考えながら、湯に身を沈める。


温かさが、ゆっくりと身体に広がる。


昨日の出来事を、思い返す。

怖くはなかった。

不快でもなかった。


ただ、不思議だった。


私が私でなくなる感覚。

何かが、確かに動いたという実感。


そのとき。


ちゃぷ、と水音がした。


顔を上げると、露天風呂の端、岩陰に炎嵐がいた。

すでに湯に浸かっているらしく、こちらを見ている。


「起きたか」


声は、昨日よりも落ち着いている。


「……身体は大丈夫か」


私は少し考えてから、正直に答えた。


「軽いです。変な感じだけど」


それを聞いて、炎嵐は小さく笑った。


「問題ない。うまくいってる」


彼は湯から腕を上げる。

そこに刻まれた紋章は、昨日よりも明らかに色を取り戻していた。


「まだ完全じゃない。あと……十回くらい、だな」


淡々とした口調で続ける。


「余裕を持たせたい。だから一日に二、三回はやりたい」


数字として聞かされると、さすがに現実味が増す。


「……結構、頻繁ですね」


そう言うと、炎嵐は肩をすくめた。


「太陽は枯れない。心配はいらない」


その言葉に、なぜか安心する自分がいた。


沈黙が落ちる。

湯の音と、風の音だけがある。


やがて、炎嵐がこちらへ近づいた。


「では」


その一言で、すべてが伝わる。


露天風呂の中、

太陽の真下で、

儀式は再び始まる。


私は目を閉じ、

昨日と同じように、身を委ねた。


十二日間は、まだ始まったばかりだ。


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