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触れられるたび、月は満ちる。 神であることは、拒めないということだった。  作者: Carrie
北月編

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第19話 必要ないと言われても


「儀式、ですか?」


北月はそう言って、わずかに首を傾げた。

問い返すような声音だった。


「……そうだけど」


私が答えても、返事はない。

沈黙が落ちる。


何この間。

やばい、完全に空気を読み違えた女みたいじゃない?


「……難しい、ですか?」

なんとか言葉を重ねる。


北月は少し考えるように視線を落とし、淡々と告げた。


「必要ないですよ」


「……え?」


思わず聞き返す。


「力は、戻っていますし」


そう言い残すと、彼は立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。


取り残された私は、しばらく動けなかった。


必要ない?


そんなこと、教わっていない。

儀式は太陽の神の役目で、月の神が国を維持するために必要不可欠で――

そう思っていた。


けれど、彼の腕に刻まれた紋章。

確かに、色は満ちているようにも見えた。


……じゃあ、

近くにいるだけでいいってこと?


触れなくても?

見えない力で?


スマホの置くだけ充電みたいな?


なんだか、肩透かしだった。


昨夜はあんなに、

どうしようもなくおかしくなっていたのに。


今は、少し落ち着いている。


「……まあ、いいか」


ひとりで風呂に入り、そのあと長椅子で本を読んで過ごした。

気づけば、日が傾いていた。


まただ。


胸の奥が、ざわつき始める。

動悸とも、熱とも違う、奇妙な感覚。


月が昇っている。


――だめだ。


これは、無理。


やっぱり、会いたい。


寝台の部屋へ向かうと、北月は本を読んでいた。

変わらない姿勢。変わらない表情。


私は、思い切って言った。


「……やっぱり、儀式、したい」


北月は顔を上げ、私を見る。

そして、また首を傾げた。


その仕草だけで、もうだめだった。


考える前に、身体が動いていた。


私は、彼に抱きついた。


その瞬間だった。


頭の奥に、ビリッと電気が走る。


次の瞬間、身体がふわりと浮いた。


重力が消えたような感覚。

いや、世界そのものが遠のいていく。


――なに、これ。


今までの儀式とは、まったく違う。


快楽、という言葉では足りない。

意識が溶け、広がっていく。


はっきりとした像が、脳裏に浮かんだ。


私の身体から、目に見えない線が伸びている。

北月へと。


細い線じゃない。

脈打つように、みゃくみゃくと力が流れていく。


ああ、これだ。


私は、とろんとした目で北月を見上げた。


彼は私を見ていた。

相変わらず無表情のまま。


けれど、本を持っていた腕を、ちらりと見る。

そこに刻まれた紋章。


北月の目が、わずかに見開かれた。


驚きと、戸惑いと、理解しきれていない何か。

――初めて見る表情だった。


彼は何も言わない。


ただ、私に抱きつかれたまま、動かない。

まるで、ぬいぐるみを抱かれているみたいに。


時間の感覚が、消えていく。


どれくらい、そうしていただろう。


私は、ゆっくり顔を上げた。


言葉を発そうとして、うまくいかない。


「……このまま……

 儀式、して……」


自分でも、声が定まっていないのが分かる。


北月は、静かに言った。


「儀式?

 ……これ以上、ですか」


理性の声だった。


分かっている。

ここから先に進めば、意識が持たない。


でも――欲しい。


最後までじゃなくていい。

もう少し、確かめたい。


私は彼の首に腕を回し、顔を近づけた。


「……お願い。

 もう、少しだけ」


拒まれない。


距離が消える。


月光の中で、世界が白く滲んでいく。


次の瞬間、音が消えた。


――そこで、私の意識は途切れた。

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