第17話 何も起こらない夜
北の宮へ向かう馬車の中で、
私は外の景色をぼんやりと眺めていた。
流れていく木々。
乾いた風。
どこか色の薄い空。
次の月の神――北月。
前任者の日記に書かれていた一文が、
どうしても頭から離れない。
「義務的な儀式すらない」
……どういうこと?
儀式は、
世界を支えるためのものだ。
義務ですら、
ない?
拒否されたのか。
それとも、必要とされなかったのか。
考えても、
答えは出ない。
馬車が止まり、
北の宮に到着した。
中は、静かだった。
いや、
これまでの宮と比べて、
妙に音がない。
案内されて部屋に通されるが、
肝心の北月は、まだ来ていない。
「少し遅れるようです」
そう告げられてから、
二時間ほど経った。
――遅いな。
ようやく扉が開いた。
何も言わず、
北月が入ってくる。
目が合った。
一瞬。
それだけ。
視線がすぐに逸れ、
何事もなかったように室内を進む。
……え?
戸惑いながらも、
私は口を開いた。
「えっと……太陽の月です。よろしくお願いします」
返ってきたのは、
「……はい」
一言。
それきり。
会話が、
終わった。
……場が、持たない。
沈黙。
ただ、
まじまじと見てしまう。
――あ、タイプだ。
今までの月の神の中で、
いちばん、好み。
いわゆる塩顔。
テレビに出てきそうな、
無駄のない整った顔立ち。
南月みたいな華やかさも、
西月の包容力もない。
でも、
この無関心そうな雰囲気。
……好き。
愛想が、
本当にない。
でも、
それも悪くない。
上から来るわけでもないし、
距離を詰めてくるわけでもない。
ミステリアス。
いい。
素敵。
そうこう考えているうちに、
北月は、
音もなく部屋を出ていった。
……風呂、かな。
まあ、いいか。
それにしても、
かっこよかったな。
どうしよう。
話しかけてみる?
それとも、
こっちも無口キャラでいく?
せっかくだし、
ミステリアス同士、
流れに任せるのもありかもしれない。
余計なことは言わずに、
ただ、
様子を見る。
そう決めた。
とはいえ。
チラチラ、
見てしまう。
興味ないふりをしながら、
視線だけが追ってしまう。
――かっこいいは、正義。
ああいう南月タイプの方が、
学校ではモテるんだよね。
分かってる。
でも私は、
圧倒的に、
教室の端で、
本を読んでるタイプが好き。
周りに興味なさそうで、
近寄りがたい感じ。
あれで、
眼鏡でもかけてたら、
もう完璧。
……何を考えてるんだ、私は。
やばい。
儀式、
緊張してきた。
でも。
気づけば、
もう夜だった。
北月は、
何も言わず、
一人で寝台へ向かってしまった。
……え?
もう寝る時間?
儀式は?
今日は、
なし?
恐る恐る、
寝台に近づく。
すでに、
横になっている。
静かな寝息。
……寝てる。
え?
今日、しないの?
疲れてる?
そういうこと?
まあ……
あり得るか。
でも。
一言も、
ない。
声、
ほとんど聞いてない。
「はい」
しか、聞いてない。
……なんだろう、この感じ。
モヤモヤする。
私は、
そっと隣に潜り込んだ。
天窓から、
月光が差し込んでいる。
夜なのに、
北月の顔が、
はっきり見える。
端正な横顔。
寝顔も、
ずるいくらい綺麗だ。
……ちょっと、
触りたい。
いや。
ミステリアスな女は、
そんなこと、しない。
今日は、
我慢。
それに。
この世界に来て、
初めてかもしれない。
私が、
儀式をしたいと思ったのは。
……だめだ。
興奮して、
眠れない。
見ないように、
目を閉じた。




