第13話 幼い月の重さ
目を覚ますと、
東月の神――ユエリは、まだ隣で眠っていた。
寝台の上で、こちらに寄り添うような姿勢。
布を握る指先は緩く、寝息は浅い。
その顔を見て、
また「幼い」と思ってしまう。
――違う。
陽奈は、心の中で小さく訂正する。
この世界では、十五歳で成人だ。
ユエリは月の神として覚醒し、
正式に役目を与えられた存在。
法も、神の理も、
彼を「子ども」とは扱わない。
それでも。
睫毛の長さや、
眠っているときの無防備さが、
どうしても、現実世界の感覚を呼び起こしてしまう。
起こさないよう、そっと身を起こし、
音を立てないように部屋を出た。
向かう先は浴室。
内風呂を抜け、
露天風呂へと足を進める。
湯に浸かると、
朝の冷えた空気と、温かさが同時に肌に触れた。
静かだ。
天窓越しの空は明るく、
もう朝というより、午前の光に近い。
湯に肩まで沈めながら、
陽奈は、少し前に教育係から聞いた話を思い出す。
月の神は、祠に生まれる。
役目のためだけに育てられ、
自由を知らないまま、神になる。
十五歳で成人。
十五歳で、国の天候を背負う。
――重すぎる。
そう思ってしまうのは、
元の世界の価値観が抜けきらないからだ。
この世界では、それが当たり前。
疑問を持つこと自体が、
少数派なのかもしれない。
それでも。
「……本人は、どう思ってるんだろ」
ユエリは、儀式を受け入れていた。
むしろ、強く求めていた。
それが喜びなのか、
役目として刷り込まれた感覚なのか。
比べるものを知らない存在に、
「選択」はあるのだろうか。
考えが深まりすぎた、そのとき。
足音が聞こえた。
少し速い。
迷いのない、一直線な音。
次の瞬間、
露天と内風呂を隔てる扉が、勢いよく開いた。
「……いた」
ユエリだった。
目が潤んでいて、
今にも泣きそうな顔。
「いなくなったのかと思いました」
そう言うと、
躊躇なく湯に入ってくる。
距離が近い。
いや、近すぎる。
肩に、腕に、
ぴったりと体を寄せてくる。
「ちょっと風呂に来ただけ」
そう言っても、
安心したように息を吐いて、離れない。
「起きたらいなくて……
嫌われたのかと……」
「考えすぎ」
そう返しながらも、
突き放せない自分がいる。
この距離感は、
南月とも、西月とも違う。
依存に近い。
「……紋章は?」
話題を変えると、
ユエリは素直に腕を差し出した。
色は、まだ薄い。
「で?」
「……だから?」
返ってきたのは、
特に意味を持たない反応。
西月なら、
回復率だの必要回数だのを即座に算出している。
南月なら、
「じゃあ回数増やそう!」と笑っている。
「ほんと、個性強いな……」
無意識に呟くと、
ユエリは首を傾げた。
「……次、いつですか?」
やはり、そこ。
「まだ朝。
風呂のあと、朝食。
散歩して、昼食のあとくらい」
適当に区切ると、
一瞬不満そうに眉を下げたが、
渋々と頷いた。
風呂を出て朝食を取っている間も、
ユエリは常に隣にいる。
立てば立つ。
座れば座る。
「近い」
そう言っても、
「はい」と答えつつ、一歩も引かない。
朝食後、
長椅子で一息つこうと腰を下ろした、その瞬間。
背後から、腕を取られた。
「……っ」
「今です」
我慢の限界だったらしい。
「待――」
言葉が終わる前に、
儀式は始まっていた。
長椅子は、正直向いていない。
背中に変な力がかかる。
「……だから、寝台がいいって」
「次は、必ず」
その「次」は、すぐに来た。
二回連続。
終わったあと、
体は確かに軽い。
けれど、
途中の姿勢のせいで背中がじんわり痛む。
「……次は寝台でお願い」
息を整えながら言うと、
ユエリはぱっと顔を明るくした。
「じゃあ、今から――」
「行かない」
即答。
「三回目はない」
「……え」
不満を隠しきれない表情。
役目を果たすことと、
際限なく応じることは違う。
その線引きを、
ユエリはまだ理解していない。
そして、
教えなければならないのは、
どうやら自分らしい。
陽奈は小さく息を吐いた。
――これは、
今までで一番、手がかかる月かもしれない。




