第11話 月の生まれる場所
宮に戻ると、
空気がはっきりと違うことに気づいた。
儀式の施設は、閉じた場所だった。
外界から切り離され、
太陽と月だけが存在する空間。
ここには、人がいる。
足音があり、声があり、生活の気配がある。
回廊を歩きながら、
陽奈は自然と、これまでに会った二人の月の神を思い浮かべていた。
南月の神・炎嵐。
感情がそのまま形になるような、熱の月。
西月の神・白衡。
冷静で、計算高く見えて、
実は情を内側に溜め込む月。
同じ「月の神」でも、
ここまで違う。
それなのに、
同じ役割を果たしている。
――ちゃんと、知っておいた方がいい。
そう思った。
月の神について。
この世界の仕組みについて。
陽奈は、教育係を呼んだ。
⸻
「もう一度、教えてください」
教育係は、静かに頷く。
「何を、でしょうか」
「月の神のことを。
どう生まれて、どう生きているのか」
一度聞いたはずの話。
けれど、実際に月の神と向き合った今なら、
受け取り方が変わる気がした。
教育係は、少し言葉を選びながら、話し始める。
「月の神は、召喚されません」
太陽の神とは、根本的に違う。
各国にある、最も高い山。
その頂に建つ、古い祠。
「ある日、そこに赤子が生まれます」
血縁はない。
親も存在しない。
ただ、突然、
神となる存在が誕生する。
「周期は、およそ二十年に一度です」
一世代に、一人だけ。
力を持てるのは、
常に一人の月の神のみ。
十五歳になるまでは、
国の宮で、大切に育てられる。
「家族はいませんから、
世話係が常についています」
五歳を過ぎると、
現職の月の神からの教育が始まる。
天候の制御。
力の扱い方。
国を守るという意味。
「任期は、十五歳から三十歳まで」
次の神が力を持つと、
現職は引退する。
最後に、
自らが生まれた祠へ赴き、
力を受け渡す。
そして、
さらに次の神が生まれるよう、祈る。
「引退後の扱いは、太陽の神とほぼ同じです」
退職金。
年金のような支給。
住む場所も、国も、大陸さえ選べる。
「三十年近く、
ほとんど自由のない人生を送りますから」
それは、当然の対価だと、教育係は言った。
話を聞きながら、
陽奈の中で、二人の月の神の姿が重なる。
南月の神は、
おそらく二十五、六歳。
西月の神は、
二十八くらいだろう。
任期の終わりが、
少しずつ、見えてきている年齢。
だからこそ、
あれほど必死だったのかもしれない。
国を守ること。
次の神へ、できるだけ良い状態で引き継ぐこと。
「……月の神は、孤独ですね」
思わず零れた言葉に、
教育係は、わずかに目を伏せた。
「ええ。
ですが、疑問に思う月の神は多くありません」
それが当たり前だから。
それしか知らないから。
三十年。
自由のない時間。
役目を終えたあと、
突然すべてを失う。
それは、解放なのか。
それとも、空白なのか。
まだ会っていない、
次の月の神のことを思う。
東月の神。
どんな月なのか。
どんな距離感を持っているのか。
役目しか知らずに育った存在が、
太陽と向き合うとき、
何を求めるのか。
太陽の神としての自分。
月の神として生まれた彼ら。
立場は違う。
けれど、背負っているものは、
思っていたよりも、近い。
陽奈は、静かに息を吐いた。
次に迎える月は、
きっと、また違う。
その違いを、
今度は逃げずに、受け止めようと思った。
――東月の神を迎える日




