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触れられるたび、月は満ちる。 神であることは、拒めないということだった。  作者: Carrie
西月編

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第10話 冷たい月が、手を離さなくなる

最初に異変を感じたのは、回数だった。


一日五回。

それが、いつの間にか基準になっていた。


朝、目を覚ますと、白衡はすでに起きている。

寝台の脇で衣を整えながら、腕の紋章を確認している姿が、日常になっていた。


「……起きたか」


声は低く、静かだが、以前のような素っ気なさはない。


「水を飲め。起き抜けは回りが悪い」


差し出される杯。

言われるままに受け取ると、じっと飲み切るまで視線を外さない。


「朝は一回目だ」


それが合図だった。


儀式を終えたあとも、白衡はすぐに離れなくなった。

以前なら、終わった瞬間に立ち上がり、次の計算に入っていたのに。


今は、寝台の端に腰を下ろし、

陽奈の呼吸が落ち着くのを待つ。


「……めまいは」


「ない」


「そうか」


それだけで、少し安心したように息を吐く。


朝食の時間になると、

白衡は必ず隣に座る。


料理の量を見て、

「少ないな」と一言告げ、

世話係が去ったあとで、皿をこちらへ寄せる。


「全部食べろ。今日は回数が多い」


まるで、体調管理が自分の責任であるかのように。


風呂へ向かえば、

いつの間にか背後にいる。


「露天にするか」


選択肢を与えるようでいて、

実際には一緒に入る前提だ。


湯に浸かっている間も、

白衡は黙っているが、視線だけは外さない。


腕の紋章。

肩の動き。

呼吸の速さ。


確認するように、指が触れる。


触れれば、

儀式になる。


それが当たり前になっていった。


一度心を許した月は、

遠慮を知らない。


昼前、

二度目と三度目を終えたあと、

陽奈が庭へ出ようとすると、白衡は当然のようについてきた。


「一人で……」


そう言いかけると、

白衡は一瞬だけ目を細める。


「休憩は必要だ」


拒否ではない。

付き添いだ。


東屋に腰を下ろすと、

白衡は隣に座り、距離を詰める。


肩が触れる。


「……前は、ここまでしなかった」


思わず漏れた言葉に、

白衡は少しだけ沈黙した。


「必要がなかった」


短く答えたあと、続ける。


「前の太陽は、強かった」


ぽつりと。


「力も、精神も」


その声に、感情が滲む。


「無理をしていたのは、分かっていた」


「それでも、止めなかった」


陽奈は、何も言えなかった。


「だから……」


白衡は、言葉を切る。


「同じにはしたくない」


それが、彼なりの配慮なのだと、ようやく理解する。


午後も、儀式は続く。


回数は増え、

触れる理由も、以前より曖昧になっていった。


「今、少し色が薄い」


「……確認だ」


そう言って、

自然に距離を詰める。


夕方、

陽奈が長椅子に座っていると、

白衡は無言で背後に立ち、肩に上着をかけた。


「冷える」


そのまま、指が首筋に触れる。


「……儀式だ」


もはや、合言葉のようだった。


十一日目の夜。


荷は、すでにまとめられている。

帰国は、翌朝。


白衡は、珍しく儀式を急がなかった。


寝台に並んで腰を下ろし、

何も言わずに隣にいる。


「……戻れば、すぐ仕事だ」


独り言のように言う。


「天候が乱れている。油断できない」


「うん」


それだけの返事。


沈黙が落ちる。


白衡は、しばらくしてから、低く告げた。


「……次も、来る」


一年後。

当然のことのように。


「それまで、無事でいろ」


命令ではない。

願いだった。


冷たく、合理的で、

仕事だけを優先していた月は、


いつの間にか、

太陽の体調と気配を最優先にする月になっていた。


別れが近いからこそ、

執着は、静かに深くなる。


翌朝。


白衡は、最後まで淡々としていた。


けれど、

馬車に乗り込む直前、

一度だけ、振り返る。


その視線は、

はっきりと、名残を含んでいた。


冷たい月は、

もう、簡単には離れられない。


そう、太陽だけが気づいていた

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