救世主
マヤとの約束の後、程なくして救世主が現れたと世界中で騒ぎになった。家を出て冒険者となった自分とマヤでパーティを組み、討伐や素材採取の依頼をこなしてどうにか過ごしていく毎日の中での出来事だった。
ついに来たか、と思った。これから主人公は神の啓示に従い、仲間になった聖女と共に穢れが特に酷い地を浄化して回るのだろう。
そうしていつか、主人公がマヤを見つける時がやってくる。
その時に自分はすんなりと見送ることが出来るだろうか。でも彼女の門出だ、笑顔で見送ろう。いや、男泣きしながら見送るのも良いかな。でも快く見送った後に宿で一人こっそり泣いた方がマヤは心配しないかも。
なんて、まだ訪れてもいない彼女との別れに思いを馳せながら過ごした。
冒険者としての生活にも慣れ始めてきた頃、主人公が盛大にやらかしてくれた。
聖女というくらいだ、穢れを知らない清らかな乙女であることが聖女の条件とされる。男と交わり、その身を穢した時に聖女の力は失われるのだ。
そして救世主も同様に、穢れを知らない清らかな身であることが求められる。ゲームでは性別を選べたが、この世界に現れた救世主は男だった。
それがやらかす原因になるとはきっと神様も思わなかっただろう。
救世主は自分と同じ転生者だった。それも悪かったのだろう、救世主は仲間にした聖女達に手を出してしまった。しかも、その中にはよりにもよって大聖女の力を持ったお姫様も居たのだから物凄い騒ぎになったらしい。
これにはお姫様の父親である国王も大激怒。救済の旅を終えた暁には姫の王配として救世主を迎えるつもりが、蓋を開ければこの有様。救世主から一転、聖女達の力を失わせ自らも救世主としての力を失った無能と成り果ててしまったのである。
けれど力を失っても救世主は救世主、世界にただ一人しかいない彼を追放するのは……と国王は躊躇ったようだ。もしまたその力が戻ったらという可能性も過った。
しかし国王以上に、救世主に対して怒りを覚えていたのは彼にその力を与えて世界の命運を託した神だった。
本来なら救世主にしか聞こえないはずの神の啓示がその時だけ国王に降りたらしい。救世主はその力を失い、二度と戻ることはない。そして救世主はもう一人いる、と。
それを聞いた国王は救世主を国から追放した。聖結晶石の外は穢物で溢れている。戦う力の無い救世主が一人であの厳しい環境を生き抜くのは不可能に近いだろう。
自分がその一連の出来事を知ったのは、神曰く力を与えていた二人目の救世主が自分だからだそうだ。本来の救世主がああなってしまった今、残された希望にこの世界の命運を託したいらしい。
まあつまり、本命が駄目になったから保険に声をかけてきたと。自分はマヤと過ごせたらそれだけで良かったし、救世主なんて荷が重いなぁ……なんて不敬なことを考えてしまった。
でもマヤと離れずに済んだのは良かった。これからも一緒に居られるなら、救世主でもなんでも良い。
良い口実が出来た、なんて思ってしまう自分はきっと救世主には向いていないだろうけど。
神様はマヤに関する真相も教えてくれた。
マヤは元々夜魔に対抗する要として、その資質を見出されて大聖女の力を与えられた。しかし夜魔がその力に目を付け、彼女の暮らしていた村に穢物をけしかけ盗賊を唆しマヤを攫わせて奴隷に堕としたのだ。
マヤが凄惨な人生を歩むことになったのは、夜魔がそうなるように仕向けたから。そして彼女の心が世界への憎しみで溢れた時、穢れが彼女を呑み込んだのだろう。
聖女は本来、神から与えられた力を持つため穢れへの耐性が並外れて高い。世界を愛し、平和慈しむ清らかな心を持っているから穢れを寄せ付けないのだとか。
マヤは夜魔から与えられた残酷な仕打ちに心を失い、次第に世界を憎むようになった。それが夜魔の付け入る隙になってしまった。
知らなかったとはいえ、マヤは親の仇に尽くしていたことになる。手駒として主人公達と戦い、その命をも散らせた。
そんな酷い話、あるだろうか。
マヤ最推しの自分がその真相を知った時、怒りで目の前が真っ赤になった。脳裏を過ぎるのは彼女と過ごした日々。なんて事ないように過去を教えてくれたけれど、そうなってしまった全ての元凶は夜魔だったのだ。
もしも彼女を見つけたあの時に前世の記憶を取り戻せなかったら、マヤは原作通りの凄惨な人生を歩んでいただろう。
けれど保険だった自分が大本命だったマヤを救い出した。彼女が奴隷となってしまった時に救世主を向かわせようにも、まだ幼い上に奴隷商のある街からも遠く、どうすることも出来なかったそうだ。
そこをたまたま通りかかった自分が前世の記憶を取り戻したおかげで、すんでのところで夜魔の手に堕ちることを阻止出来た。
幼い頃にマヤを大聖女と見抜くとは、流石救世主だと神様からはお褒めの言葉を貰った。
単に自分がマヤ最推しで、攻略本や設定集や原作アート集も買って幼い頃のマヤの姿を知っていたのが大きな理由だけれど、そこは愛の力ということで一つ。
自分が知り得なかった事情を一通り教えられた後、本題に入るように改まって神が告げる。
救世主の役目を引き継ぎ、どうか救済の旅をしてほしいと。
まさか自分がとは思ったけれど、放っておけば世界は穢れに侵食されいずれ滅んでしまうとなれば引き受けるしかない。
怖くないと言えば嘘になるけれど、自分にはマヤが居る。それに冒険者として身を立てられるようになってきたし、何も準備せずに突然やれと言われるよりはいくらか覚悟も出来た。
「分かりました、救世主の役目引き受けます。その代わりと言ってはなんですが、お願いがあるんです」
救世主が誰であるかを明かさないこと、自らを救世主と名乗る者は偽物であると断じてほしいこと、その二つを世界中の人々にお告げしてほしいと願った。
まさかの展開で自分が救世主をやることになったけれど、冷静に考えて気づいてしまった。悪しき前例のせいで救世主は聖女達から警戒されている可能性に。
このままのこのこ自分が救世主ですなんて名乗りを上げれば、周囲からの反応は厳しいものかもしれない。特に大事な聖女を失った街や村からは非難轟々だろう。だったら最初から明かさなければいい。
けれど誰も名乗りを上げないのを良いことに、救世主を騙って悪い事をしようとする輩が出てくるかもしれない。そのせいで悪い噂が広まっては困る。これ以上救世主の立場を悪くするわけにはいかない。
少しの打算も含んだこの願いは神様にとっては造作も無いことで驚いたらしい。むしろ流石救世主だと逆に感動されてしまった。
自分の願いにいたく感心した神様から、戦えることも加味されて聖女程の力はないけれど回復魔法や補助魔法を使えるようにしてもらった。良かった、これでマヤのサポートが出来る。
残された時間はそこまで長くないのだと言われ、すぐにマヤへと自分が救世主であり神の啓示によって救済の旅に出なければならないことを伝えると、彼女は二つ返事でついてきてくれた。
それなりに原作をやり込んでいたから聖女達の居場所に心当たりがあるけれど、本来の救世主がしでかしたことを考えると仲間になってくれる望みはかなり薄い。
恐らく救済の旅は二人でやることになる。マヤを絶対に危険な目には遭わせない。そのためなら何だってする、心にそう誓った。
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