マヤ
声高らかに叫ぶと、すぐに奴隷商人が少女の手枷を外し首元に繋がれた鎖を引っ張りながらこちらに向かってくる。
恭しくその鎖の持ち手を差し出してくるので、それを受け取った。代金は護衛が払ってくれて、引き渡しが完了した。
すぐに首輪を外して奴隷商人に渡すとまた驚かれた。すぐにその子の手を引いて馬車に乗り込む。護衛が後ろで何か言っていたけれど気にしない。
「はぁ、緊張したぁ」
今になって心臓がバクバクいってる。向かいに座らせた女の子は目元を隠すように伸びた前髪の隙間から、戸惑うようにこちらを見ている。
前髪を掻き上げ、その下に隠れていた紫色の綺麗な瞳を覗き込んで微笑んだ。
「改めて、僕はリアム。君の名前は?」
「……マヤ」
「マヤだね。今日から僕が君の主人だ、よろしくね!」
マヤ。逆から読めば夜魔。単純過ぎる伏線だ、気づく人が見れば彼女が敵側のキャラであることにすぐ気づくだろう。
そう、彼女は敵側に存在し、そして唯一実装されなかった大聖女。ストーリー中に何度か救世主である主人公の前に現れ、最終章でラスボス夜魔戦前の中ボスとして現れる。
そしてストーリーの中で明確に命を落としているため、運営からは彼女が実装することはないと断言されていた。
前世の自分はセイジャニではマヤが最推しであり、そして彼女が実装されることを願い続けた哀れな男だった。人気投票で毎回上位だったので、本気でワンチャンあると信じていた。
まさか運営が最後までその主張を覆すことがないとは。エイプリルフールの嘘予告ですら出てこなかった。何もそこまで徹底しなくても。
マヤが敵側に堕ちた経緯は奴隷として売られた彼女を救ってくれる者が誰も現れず、凄惨な人生を歩んだ果てに全てに絶望したからだった。心を失い、そこを夜魔に見入られ穢れに呑まれる。
ストーリー進行中に同時進行でサブクエをいくつかこなし、条件を満たすと発生する隠しイベントとして見られる彼女の個別ストーリーでは、主人公と接するうちに彼女が苦悩する様子も描かれていた。
最初は主人公を始末するために接触してくるのだが、主人公の優しさに触れて次第に態度が軟化していく。
そして個別ストーリー最後の決別イベントでは、マヤの大聖女の力に気づいた主人公から仲間にならないかと誘われるのだが、それを断り彼女は姿を消す。
その時の別れ際の台詞は、「もっと早くあなたに出会えていれば……そうすれば、私もそちらにいられたのにね」であった。
主人公が次にマヤと再会するのは、夜魔の前に立ちはだかる敵としてだった。
敵名も『穢れた大聖女マヤ』と表示されており、彼女はもう救えないことを嫌でも理解させられる。
倒した後に図鑑を見ると穢物に分類されており、その説明文はますます心を抉られるハートフルボッコ仕様だ。
マヤは大聖女の中でも規格外の強さを持っていた。全属性の魔法が使える上に敵キャラらしく無限湧きの穢物を従えて、更に一人で前衛後衛も果たせる中ボスの名に恥じないポテンシャルを持つキャラだった。
最終章らしく戦闘難易度も夜魔に次ぐ高難易度であり、しっかりキャラの育成をしていないと簡単に詰む。
最終章までに彼女の個別ストーリーを進めて決別イベントを済ませておくと、中ボスとして対峙する彼女が大幅に弱体化するのがまた悲しい。
この個別ストーリーは取り返しのつかない要素のため、それを知らずに最終章まで来てしまった救世主の阿鼻叫喚がSNSで見られたのは良い思い出だ。
そのくらいにマヤは強い。隠しイベントを進めて弱体化させないとかなりの苦戦を強いられる。
ちなみにDLCには追葬の間という場所がある。所謂ボスラッシュイベントだ。そこでは穢れに呑まれなかった本来の大聖女の強さを持つマヤとボスラッシュのフィナーレとして再戦出来る。
DLCの目玉だけあってその強さは本編の比ではない。実装された大聖女をマックスまで育成したフルパかつ、最強装備と回復アイテムを用意した万全の構えでも乱数次第で負ける時はあっさり負ける。
倒すと特別モーションがあり、彼女の格好が大聖女の特別衣装に変わり微笑みながら消えていく。その後に「ありがとう」と台詞が表示され、ゆっくり消えていく演出付きだった。その後図鑑を見ると聖女に分類された特別衣装のマヤが追加されており、説明文も穢物の時とは異なっている。
本編では悲しみに満ちた顔で倒れていくので、その特別モーションが前世の自分にとっては救いだった。
追葬の間というくらいだからそのイベントをクリアしてもマヤが実装されることはなかったけれど、それでも彼女がもし味方側であったらと想像させるには十分な姿で。
二度目の別れになったけれど、彼女を本来のあるべき姿に戻せたようで本当にやって良かったと思えるイベントだった。
そのくらい思い入れのあるキャラなので、例え原作改変クソ野郎と言われようと不幸な目に遭うと分かっている最推しが目の前に居たら救うのは当然のことであって。
推しを救い出せた達成感を胸に自宅へと向かうのであった。その後両親から勝手に家名を名乗って奴隷を買ったことをこっ酷く叱られたのはまた別の話だ。もし悪い輩に目を付けられて攫われたらどうするんだ、という至極真っ当な説教だった。
奴隷であるマヤを買ったことについては、ちゃんと自分の使用人として教育して責任持って面倒を見るという約束で許してもらった。人材育成は将来的に役に立つ経験になるから、ということで。
あまりにも主人の威厳のない出来事になってしまったが、そのおかげがマヤが随分と心を開いて接してくれるようになった。怪我の功名ということで良しとしよう。
推しと過ごす時間というのは本当にあっという間で、毎朝使用人としてお仕着せを着ながら一生懸命働くマヤの姿を見るだけで幸せだった。
なんて幸せを噛み締めていたら、気づけば数カ月。光陰矢の如し……と呆然とする程早い。
その頃には使用人としての仕事も完璧に覚え、素のポテンシャルの高さから護衛も兼ねた本当に優秀な御付きとしてマヤは傍に居てくれた。
上の兄や姉がマヤの優秀さに目を付け、譲ってほしいと頼んできたけれど絶対に嫌だと拒否した。見つけたのもここまで教育したのも他でもない自分だ、その手柄を横取りされたくない。いつか彼女が主人公の元に行くまではその隣を誰にも譲るつもりはない。
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