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異世界ダンジョンに憧れて  作者: 月と兎と雪
序章:プロローグ
6/11

決意

 大方その通りです、なんて口が裂けても言えなかった。

 

 ◇


 昨晩は早めに床に入り、体調を万全に整えた少年(シノ)は早朝目を覚ました。そしてすぐさま、胸の高鳴りを確かめるように自身の胸に手を添える。

 まだ日が入らない仄暗い部屋の中、静かに身支度を始めた。

 安宿は少し動けばギシギシと床鳴り、彼の起床に合わせるように横の私も目を覚ましていた。

 フードが捲れ私は素顔が露わになっていることに気付き、慌てて外套のフードを被ったが少年の関心は私などではなく、自身の手元に注がれていた。


 あれは...私が彼に託した短刀...

 

 皮製の鞘から引っ張り出した、抜き身の刃を眺め、触れて、


 笑っている?


 ギシリと粗悪なベッドが強めの音を立てた。


 「「....」」


 「...ぁ..すみません、起こしちゃいました...」


 暗がりから表情は窺えなかった。


 「いえ...問題ありません。....それより...いよいよ、ですね」


 「はい、とても楽しみです。同時に少し怖いですが......」


 「.....。アサシノさん....本当に私の助力は必要ないですか?」


 「「......」」


 「....。臨時のパーティメンバー募集の張り紙が昨日冒険者ギルドに貼ってあるのを見つけました。僕でも入れそうなものに泥虎(デイトラ)と呼ばれる、新人歓迎のものが見受けられました」


 「そう...ですか....泥虎、あそこは確か...何時でも募集をかけていますね....悪い話も聞きません」


 「じゃあ、決まりですね。日が暮れる前には必ず帰って来ますので、ユスタリカさんは、この街で今日一日羽を休ませてください」


 「そうですか...羽を....フフフ」


 「ユスタリカさん?」


 「いえ、では__アサシノさん。貴方が初のダンジョン探索を終えた暁には私から一杯奢らせて頂きます」


 「だっ、駄目ですよ!?ずっとずっとお世話になりっぱなしなんですから僕...だから僕がっ__」


 「アサシノさん。その代わりに生きて必ず帰って来なさい。そして貴方が私に、少なからず恩を抱いているなら、貴方なりの形で、今後私に返してください」


 「...僕なりのかたちで....は、はい!一生かけて返していきます!」


 「.....。フフフ...青いですね...」


 その後、初の地下ダンジョンに少しだけ浮かれる新米冒険者に、ダンジョン上層は特に薄暗く入り組んでいるため油断が命取りになることを伝えた。また命の危険を感じたなら何を置いても逃げ帰ってくるように、決して冒険者だからと冒険し過ぎないよう言い聞かせた。


 「出会ったときと比べれば貴方の実力差は雲泥の差です。ですが貴方はまだまだ弱い、そして未熟だ....狡猾な魔物はそこに付け込んでくる。その事を忘れることないよう気を付けて」


 「はい!行ってきます、ユスタリカさん!」


 安宿から元気良く走り去る新米冒険者の背を見つめ、私は罪悪感を抱いた。


 「すみません...貴方を信じきれなくて。正確には貴方を信じるがあまり悪い未来が見えたのです。貴方はきっと重大な問題に直面する。貴方が、望む望まないにしろ....」


 自身の得物の点検終え、アイテム整理を行ってゆく。必要最低限の、けれども必須アイテムと、スカスカなバックパックを背負い私も宿を出た。


 ほんのり色づき始めた空を見て、溜息が溢れる。


 「泥虎...少し嫌な予感がしますね...」


 ◇


 「_____僕のために危険な地下迷宮まで、ありがとうございます...」


 「.....」


 馬乗りにされた少年は責めるでもなく、優しい眼差しで感謝の言葉を告げた。それがまた私に罪悪感を募らせる。


 「いえ....」


 アサシノ シノは優しい人間の少年だ。


 彼との約束を反故にし、こうして勝手に地下迷宮に潜った私に叱咤しないだけに留まらず。彼と出逢って十数日になるが未だ素顔を晒さない私に一向に言及してこない。


 かつて無理矢理にフードの下の素顔を窺おうと画策してきた下等な人間共とはそもそもの出来が違うように思えた。


 あまりに純粋で、無知で...無力で、私が居なければ、親鳥を失った雛のように容易く死んでしまうと直感したからこそ、サルエド大森林から、人族の住むオルロスまで導いた。


 道中、剣術の心得もない彼に指南し実戦形式で学ばせ、何とか自衛の手段をものにさせた。そこで本来は私の役目は終わり、また森へと帰る筈だった。


 彼が、冒険者になりたいと言うまでは....


 冒険者...ですか...


 それに話を聞けば、無一文だと彼は言う。


 生活費はおろか冒険者登録にかかる費用も持たずして冒険者ギルドを目指していたとは....言葉も無くす程だった。


 私が衣服を買い与えるまでは、珍しい異国の衣に身を包み。黒の頭髪に黒い眼、容姿で言えばここより遠く離れた地に同様な人族がいるとかいないとか、風の噂程度に聞いたことがあったが...


 私の目からしても、あまりにも異質な風貌、何処か捨て置けない愛嬌があった....彼を一人にしては、不味いと直感が告げた。


 このままでは、不法侵入したダンジョン内で勝手に息絶えるか人攫いに連れて行かれるか、野垂れ死ぬか。ならば彼が強くなるまで、仲間ができるまで、生活が安定するまで、陰ながらにサポートしようと密かに誓い決行に至った。


 彼が臨時のメンバー募集の張り紙に手を伸ばしたのを見て、私は荷物持ち(サポーター)要員として、彼の入る冒険者パーティに一時加入を即断した。


 そのお陰で...こうして彼の命を何とか繋げた。最適解だったのだろうが...約束を破ってしまった罪悪感や思わぬ魔物の痛打(奇襲)を受けピクリとも動かなくなってしまった彼の姿が今またフラッシュバックした。持ち合わせの回復ポーションのおかげで彼が目を覚ましてくれた安堵感、地鳴りを伴う魔物の気配の接近による焦燥感、その他、幾重の感情が混ざり。苦々しい表情で、私は項垂れた。


 「...休んでいるよう言われたのに...すみません..ですが...私は後悔はしていません...こうして貴方を」

 

 「ずっと僕の名を呼ぶ声が聞こえてました。意識を取り戻して、それまで聞こえていた声がユスタリカさんのものだと分かった時、僕は凄くホッとしたんです」


 「...」


 「日の射さない地下迷宮で、こうして温もりを感じて、改めて思いました。初めてこの世界で出会った人が優しいユスタリカさんで良かったって...約束を破ってくれたから何時もと違う新鮮なユスタリカを知れたんだって。本当に、感謝の気持ちしかないんです.....。だからもう、そんな辛そうな顔しないで笑った顔を見せてください」


 「っ....」


 本当にこの子は.....純粋で、紛れもない善の心の持ち主だ...


 故に愛おしい。故に危うく、儚い。障害が生涯付き纏うタイプの人間だと断定できる。

 きっと彼の性格では自らの足で困難へと向ってしまう。

 今回を乗り越えたとしても、今後一度や二度ではない困難が彼を襲うだろう。冒険者ともなれば尚更、わざわざ死地へ身を置くようなもの。困難(魔物)に敗れた時、人体を咀嚼され....それすなわち死を迎える。

 森での邂逅、オルロスまでの道中、剣の指導。深入りした以上、死なれては目覚めが悪い。その思いからのお節介が私をここに導いた。

 でも今は.....彼の人肌の温もりに触れ、私の心には別の感情が沸き上がっていた。


 浮世離れしたあなたのことをもっと知りたい....


 素の私を知ってほしい....


 受け入れてほしい...


 何より...この温もりを放したくない...


 「シノ....」


 「.....。は..はい...」


 拒絶されるのが怖かった。恐怖に歪む顔も見たくない。でもそれ以上に、彼に私の素顔を見てほしかった。

 

 その時、彼が発するだろう第一声に胸がざわつく。


 怖い...怖い...でも彼ならきっと...素顔の私を受け入れてくれる...


 「今から見るものは他言無用でお願いします」


 私は覚悟を決めた。有無を言わさず認識阻害の魔法付与(エンチャント)されたフードを払い除けた。


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