憧れの異世界
彼女との出会いを振り返るにあたり、欠かすことができないのが、僕が異世界に来た時の話。まずはそちらから簡単に話すとしよう。
それは病院で確かに息を引き取った僕が、この世界に生じた時の話...
記憶の通りなら、眠りから覚める感覚で僕は異世界転生、異世界転移を果たしたことになる。転移後は若返り年齢が15歳なんだと、意識的に刷り込まれていたのがなんだか釈然としなかった。
「....。どこも痛くない...それに妙な感じ....」
健康体とは素晴らしい。全身を襲う鈍痛が全くない現状。
頭は冴え、全身の感覚が新鮮で、明確、謎の万能感があった。
鳥の囀りが耳に心地いい中、吹く微風は尚良し。
温度湿度共に上々、両手を広げ豪快に吸い込む久方ぶりの外の空気は甘く、野花や樹木の香りは甘美であった。
開眼と共に差し込む木漏れ日に目を焼かれ唸る僕は、ついつい定番を口にする。
「目が__目があああぁぁぁぁぁ!!!」
そして、無様に木の根元、土の地面を転げまわり、落葉の山に突っ込んで、程なくして笑い這い出てくると、声をさらに大にした。
「何これ!何だよコレ!体が動く、麻篠 志野が地面に立ってる!!!」
今の状況全てが可笑しくて、柄にもなく騒ぎ吠えていた。替えの利かない患者衣が泥や落ち葉によって染められ不衛生になってしまったとしても、鳥たちが羽ばたき逃げ出す事実すらも、表現の困る感動の前では全てが意識の外にあった。
それにも関わらず不意に違和感が映った。公然とある、受け入れ難い現実に僕は、程なくして絶句していた。
「!?!?!?!?」
木々の隙間から見えたのは、天高く聳える、それはそれは大きな、ホントーーーーーに大きな超巨大樹だった。異世界ものに度々姿を現す神秘的な神木...神々しくも黄金色の光を放つ対象が今、目の前にあるのだった...
「う...嘘...」
神との謁見の機会は与えられず、天啓もないまま。使命も加護も不在のまま異世界で目を覚ました、転生者或いは転移者は何をすればいいのでしょうか...
◇
「ステータスオープン。パラメーター。マップ.......」
手当たり次第に単語を並べれば。
ブオーン。他者には不可視の立体映像が浮かび上がる訳もなく、精細な身体パラメーターが表示されるわけでも、マップが表示されるわけでもなかった。
神に溺愛され寵愛を受ける主人公というものでなければ案外こういう扱いなのかも知れないと自身を納得させると、つく溜息は、大自然の中に希望と共に虚しく溶けていった。
「.....僕は...どうしてここにいるんだろう....」
それが本当に分からない。吹く風に目を細め空を仰ぎ。暖かくも眩しい木漏れ日に再度目を焼かれれば手で覆った。
「見知らぬ世界で....2度目の人生...か...ははは...」
不意に家族の顔が過った。
父さん...母さん...先立つ不幸....ごめんなさい。何も返せず...ごめんなさい...。駄目な兄でゴメン。妹よ...後は...二人を...頼む...
それからしばらく静かに泣いた。泣き疲れるまで、心の整理がつく時まで。
◇
「何時までも...こうしては居られない...。生きる目的を考えよう....」
もし、宛てがわれた使命が無いなら...生前の僕が書いた絵空事の実現に努めてもいいのかも知れない。
冒険者の適正、才能の有無は命の駆け引きをするまでは、死にかけるまではわからない。
そもそもこの異世界に魔物がいて、ダンジョンがあることが前提だけれども...力の及ぶ限り王道を歩んでみるのも悪くない。
憧れの異世界は、されど異世界が現実になった今、いかなる困難が待ち受けているとしても歯を食いしばり、現実を甘んじて受け入れ対応していく他ない。
対応出来なければ、この世界では容易く死んでしまえる予感があった。
生温く平和ボケした国で、凄惨な最期を迎えた自分だけれど....異世界の文字が秘める可能性に幻想を抱いた自分だったけれど、残念ながら自分にはチート能力の類は備わっていないだろう。
常人なら常人なりに地道にコツコツと積み上げ、何事も自分の足で踏み固め確固たるものを築き上げるしかない。根本では前世でもこの異世界でもそう大きくは変わらないのだろう...
「.....」
命は一つ。頼るものない見知らぬ世界で、まずは生き抜く術を学ぶため他者との早急な接触が求められる。
魔物..未知なる生物との邂逅は、その後でなければ、無力な僕は命を粗末にする結末を辿ることになるだろう。
だから、決して、順序を間違ってはならない。
果たしてこの世界の住人は友好的なのか、そもそも対話が行える人型なのか、知的生物は居るのか、ありとあらゆる可能性を踏まえた上で模索し慎重に、しかし、大胆に行動しなければ、近日中、人生でまたとない2度目の死を経験することになるだろう....
「取り敢えず...この木の実を採集...毒味して...可能な限り目に映る果実全て...毒々しい物以外は試してみよう....。水源も探さないと。きっと昼夜問わず歩き続けることが出来たとしても、すぐにはこの森から出られない。だから長期戦を覚悟しよう。怪我や体調不良に気を付けて疲れたなら適宜休もう。未知なる生物や野生動物が命を脅かしてくるかも知れない。兆候を見逃さず邂逅前にしっかり逃げよう。それでも駄目なら覚悟を決めよう。それでも、命大事に頑張ろう。友好的な異世界人を求めて、まずは森の生態を知ることから始めてみよう...」
漠然とした不安に駆られながらも、友好的且つ意思疎通を可能とする種族を求めて、想定外のサバイバル生活__持ち物0から始まる異世界生活が始まった。
そして、どうにかこうにか3日生き抜いていた。前世で見ない未知の生物の気配を予見すれば昼夜構わず目が冴えて、大事に至る前に逃避した。サバイバル経験はおろかキャンプ経験もない僕だったけれど森の豊富な果実を喰らい、寝場所も選ばず、逞しくも経過はまずまず。朝露集めに苦戦して、かつて水道を捻れば出てきた水道水の有り難みが身に沁みた。15の肉体はそろそろ肉を欲しているのだが、まぁ...死にはしないだろう。
未知なる生物の気配を身近に感じながらも、拾った木の棒片手に今日も今日とて森を行く。微かに聞こえた清流の音を聞き、誘われるように僕は泉へ足を運んでいた。そこで、敵意むき出し....色々剥き出しな?いや....そんな訳がない....記憶がどうも混線している...
今と何ら変わらぬ外套に袖を通した、怒れるユスタリカさんと出会ったのだった。
何について怒っていたのか、それについてどう収拾が付いたのかは分からない。...どうにもそのことだけは思い出せそうになかった。
確かなのは。
右も左も分からない僕の道案内を買って出たユスタリカさんと共に大森林を抜け出て、川を越え、街道に沿い__10日程で辿り着いた迷宮都市オルロス。
初日に最低限の必需品の購入や衣服の購入を済まし宿を取り、2日目にオルロスを散策。冒険者ギルドと地下迷宮の入り口を無事見つけ、手に汗握った。3日目、前日に申請しておいた冒険者登録が完了し探索の準備が整った。
訳あってユスタリカさんにはオルロスの宿に留まってもらっていた。僕は、初ダンジョン行ってきます!と意気揚々、宿を出て先輩冒険者達と地下迷宮に潜っていったことを思い出した。
「今思えば...泥虎の...荷物持ち。背格好と得物から何処となく似てるなぁ...とは思ってたんです。皆が自己紹介をする中、決して貴方は僕の前では喋らず、外套のフードを下ろすこともしなかった....。顔が見えているのにまるでそれが素顔じゃないみたいで、この人も認識阻害の外套を纏っているんだなと思って見てました...。....。僕を心配して、宿では見送るフリしてついてきてくたんですよね?ユスタリカさん__」




