懐古
開眼一番の外界からの刺激__ダンジョンの天然の岩壁から斑に覗く魔鉱石が発する蒼い光__は淡く、想定よりも遥かに優しかった。
鼻から取り込む外気は仄かに冷たく、けれど何ら変わらず香草の甘い香りを伴っていた。
それもそのはず...
柔肌の主...温もりの主と思わぬ形で目と目が合えば、呼吸を忘れ、フードの中の澄んだ双眸に見入っていた。
夢と呼ぶには瞬きを繰り返す眼の質感がリアル過ぎて、現実と呼ぶには余りに非現実的な光景で、頭には?が浮かんだ。
「.....」
パチパチパチパチと執拗に目を瞬かせ、然れども女性の姿は何ら変わらず目と鼻の先に在って不動を通す。確かな質量と柔らかな人の温もりを絶えず僕の身体は受け取り続け、この非現実的な光景が現実だ......という事実に戦慄した。
方や驚きと安堵を含有したような面持ちで見つめ返してくる女性。方や、馬乗りにされ、胸ぐらを掴まれ、逃げ場のない僕は、経緯も分からず、ただ、あ..ぁ..ぁ...ぁ?と、みっともない声を漏らし。二の句も紡げず頬をうっすら染め上げ目を回している。
そのうち胸ぐらを掴む手が離され、少しだけ自由を得る代わりにフードから曖昧に覗く顔が少しだけ遠ざかってゆく。内心ホッとした僕の心情を代弁するかのように彼女は胸の内を吐露した。
「良かった...本当に良かった...」
絞り出すような声色で胸を撫で下ろし、揺れる緑色の瞳が、この場面において魔鉱石の発する光を凌ぎ一層輝いて見えた。忽ち妖艶な瞳に魅了されれば、独りでに口は動き出し、心当たりのある人名を挙げていた。
「......。ユスタリカ...さん?」
既知の人物を自信を持って断言できなかったのは、彼女が常時身に纏う外套に恐らくは認識阻害の魔法付与がされているため。容姿による判別は不可能だった。それでも魔法の効果は外套の掛かる身体部分に限定され、発せられ広がりを見せる形無き声には効果が及ばなかった。
だから僕は自分の耳を頼りに、彼女の名前を口にしていた。
異世界転生....いや、転移とも言えるのだろうか。10代半ばの容姿に戻され、この世界に無慈悲に放り込まれて以降、最も慣れ親しんだ声に懐古する。
あの日も、今と何ら変わらず全貌は魔法の外套に包まれていた。
何故だろう。十数日前の出来事が無性に懐かしく思えた。.....また、少し、軽くなら過去を振り返ってもいいだろうか?上層から響く、痛みに喘ぐ魔物の敗走は、何よりも馬乗りのまま固まってしまったユスタリカさんは、今この時放っておいてくれるだろうか?
今はただ、ユスタリカさんとの出会いを振り返りたい一心だった。




