覚醒
誰かの呼び声が微かに届いた.....それでも_覚醒へは至らなかった。
抗う間もなく意識は深淵へ沈んでゆく。
光っては消え、光っては消える。
呼び声はさながら、美しくも儚いホタルの光を想起させた。
「__シノ__」
....
「__シノ__私があなたを__」
...はい....
「__っ、こんな時に...新手....ですか__シノ、少し待っててくだい__すぐに戻ります__」
...はい...気をつけて...すみません....
幾度と知れない呼びかけに浮き沈みする意識はやがて半覚醒状態へ至り、応じようと試みれば__全てが失敗へと集約された。
発声然り、指先の微細な操作、瞼の開閉すらも適わない無能な自分を卑下し悶々としながら、いずれ訪れるであろう覚醒の時を待つしか僕には許されなかった。
「__シノ、飲みなさい.....。お願いですから...飲んでください...。...。かくなる上は__」
あぁ...温かい....。なんとなくそんな気がした。
最初の呼びかけからどれぐらいの時が経過したのか分からないが、いつしか先程まで見ていた夢の内容を回顧していた。
それは、病床に伏せる自分が綴った書き物のフィナーレを飾るのに即した内容であった。可能なら自身の腕で書き残し終幕へ導きたかった、だが書けずに潰えたもの。形はどうあれ、一段落した事に心から安堵した自分が居た。
「_______」
元々、文章を書くのが好きだった。
誰に見せるでもない故に独りよがりが許される。趣味、趣向の世界に没頭出来る時間だけが僕の生き甲斐だった。
ある時、致死性の高いの病に侵されて、尚、その手は止まることはなかった。
苦痛の伴う闘病生活に薬剤投与される日々。
絶え間ない痛みは就寝中を除き付き纏った。
病に蝕まれるは肉体に留まらず精神にも及び家族や友人との面会を台無しにしてしまった事もあった...
抜ける頭髪に、筋肉は痩せ細る一方。傍から見れば、見るに堪えない内外問わずの変わり様。痩けた頬、窪み始めた目元を手鏡を介して目にし、驚愕して鏡を投げ割ったのはいつの事だったか...
クソ...この痛みが...後どれだけ続くんだよ..クソ...クソ....
「クソ...ポーションが足りない__」
唯一鎮痛剤が投与され申し訳程度に痛みが緩和されている時間だけは、可能な限り執筆に宛てがった。
希望もない現実から目を背けるように、異世界に憧れを抱いた青年は、それが叶わぬ夢と知りながら、だからこそ文字を起こし続け没頭した。
自由の利かない一身と幾ばくもない余命から自分の理想の人物像に自分を当て嵌め、夢想した。
そして書ききれなかった続きを、こうして見れ夢ながらに完成できたことで、未練が一つ、断ち切れた。
もう幻想を抱くことはしなくていい。何故なら__
「何故です__」
!?
不意に香った。森林に咲く香草のような、爽やかな甘い香りが心地良かった。
今なら分かる。寝かされている地面の固さに冷たさ。自身にかかる負荷__人肌の弾力__その温もりと、息遣い。
聴覚、嗅覚、触覚、あらゆる感覚が緩やかにに戻ってくるのを実感し、目覚めの時が近いことを知った。
「__何故....私が助けたいと思った人はいつも....」
声は先程よりも鮮明に、そして儚げに聞こえた。合わせてペタペタペタと素足で地を打つ軽い音が接近するのを確かに聞いた。
コレは恐らく__
「っ...」
「ギャア?」
直後ヒュンヒュンと何かが放たれると、けたたましい断末魔の叫びが上がった。途絶えるとカラン、カランと何かが落下し、束の間の静寂が訪れる。吐息を漏らす主は得物を傍らに置いた。
「一体...何が起こってるというのですか...ただのゴブリンが階層間の大階段まで降りてくるなんて...やはりあの魔物達が原因で__」
呼応するように、ヴォッ!?ヴォッ!?と上層から警鐘を鳴らす人ならざる声と地鳴りが微かに聞こえ始めた。
「__アサシノ シノ.....この音を聞いているなら...私の言葉が届いているなら、早く目を覚ましてください。さすがの私と言えど、今の状態ではあれらの脅威から貴方を守り通すことは出来ません。.......。私に....非常な決断をさせないでください....ですから早く__」
声は次第に熱を帯びていた。
懇願するようでもあり、生還を渇望しているようでもあり。確かなのは....呼びかけの中に優しさと温もりが混在し、もう少しこのまま浸っていたい...と思っていた矢先、しばかれることになったという事実。
「__目を開けなさい!アサシノ シノ 私との約束はどうなった!あなたの初のダンジョン探索を祝し、一杯奢ると言ったはずです!プライドの高い私からの誘いを貴方は反故にするつもりですか!?起きなさい.....いや、起きろ___アサシノ シノ!」
胸倉を掴まれ絶えず身体を揺さぶられ、しまいには容赦ない右の平手打ち。
パチーンと乾いた音と衝撃伝わる頬にじわじわとした痛みが広がり遅れて熱がやってくる。
決定打となったのか覚醒を余儀なくされた。




