6.5話『鰐淵慎也』
理仁と出会うより前、幼稚園生だった頃の俺は引っ込み思案で友達が居なかった。
母さんは仕事で遅い日が多く、幼稚園の迎えはいつも最後。みんなが家族に呼ばれて嬉しそうに走ってく中で、俺はいつも一人、ブランコに座って足をぶらぶらさせて待っていた。
当時、そんな俺に唯一仲良くしてくれた女の子がいた。名前は結菜、名字は覚えていない。
「慎也くん泣かないで。一緒に遊ぼ?」
結菜はそう言っていつも俺を遊びに誘ってくれた。
花の冠を作ってくれたり、砂場で城を一緒に作ってくれたり。
「慎也くんは優しいね。男の子なのに、女の子みたいに優しい」
そう言われた時多分、幼い俺は彼女を好きになったんだと思う。
ある雨の日。
傘を持ってきていなかった俺が幼稚園の屋根の下で雨宿りをしていたら結菜がいつもの笑顔をして近付いてきた。
「お迎えまだ来ないの? 私と同じだね」
そう言った結菜の表情は珍しく少しだけ元気がないように見えた。だからつい、俺はそれまで誰にも言ってこなかった本音を零した。
「俺のお母さん、朝に帰ってくるから遅くまで迎えに来ないんだ。結菜ちゃんの親が来るまで一緒に待ってるよ」
「朝に帰ってくるの?」
結菜は不思議そうな目をして俺に問い掛けてきた。
これはきっと、少なくとも幼稚園生が他の子に話して良い内容じゃなかったんだろう。でもそんなの当時の俺には分からなくて。
不思議そうな顔をしている結菜に当然のように、俺は自分の家庭の事情を話してしまった。
次の日。
朝の自由遊びの時間。
結菜の周りに女子が集まってキャーキャー笑っていた。
近づいてみたらみんな俺の方を見て、クスクス笑いながら囁いてきた。
「ねえ。慎也くんのお母さんってフーゾクジョーなの?」
「男の人の前ですっぽんぽんになるんでしょー? きたなーい!」
「知らない人とくっつくんでしょ? ばっちぃ!」
結菜は俺の目を見て、いつもよりも楽しそうな笑顔を浮かべて、
「えー? 言っちゃだめなのー? なんでー? 秘密? 言ってないよそんなことー」
と言った。
結菜がひとりぼっちの俺に優しかったのは、ただ「面白そう」だったから。
みんなに馴染めていない奴から「面白いネタ」を集めるため、わざと近付いたんだとその時になって気付いた。
俺の感じていた孤独を、俺の秘密を、みんなの前でバラして、女子の輪の中で人気者になるため近付いた。
他の女子もみんな口では「かわいそ〜」と言いながら笑顔で俺のことを蔑んでいる。
その目は全然笑ってなかった。結局、対等な友達としてではなく単なる「話題という消耗品」としてしか俺を見てないから、最早人とすら思ってなかったんだろう。
表面だけキラキラしていて、中身は冷たい。
何が本当で、何が嘘か分からない。
その日から、俺は女が怖くなった。
笑顔で近づいてくる女はみんな嘘つきだと思うようになった。
それ以来、俺は男子だけの遊びしかやらなくなった。女子に何を誘われても、どんなからかいを受けても無視するようにした。
泥だらけになって走り回る、喧嘩する、力任せに遊ぶ。男子の世界はあまりに単純で気が楽だった。
信じた相手から裏切られるなんてこと、仲の良い男子で固まればそうそう起こらない。起きたとしてもそれはちょっとしたすれ違いで、決定的な仲違いまでには至らない。
女なんて、近付いて仲良くしたら絶対に痛い目を見る。
「……最悪。なんで夢でトラウマを見させられなきゃならないんだよ」
起き抜けに舌打ちを発し身を起こす。
「それもこれもアイツのせいだな……」
俺は昨日の出来事を思い出してベッドを殴る。
卜部。去年転校してきていきなり俺を突き飛ばしてきたり、女から勝手に俺の噂を聞き回っていじめがどうとか言って小野田を庇ったよく分からない奴。
あんまりにもしつこい上、アイツ女子まで巻き込んで俺に楯突いてくるのがうざったらしいから「そんなに言うならお前が代わりになれよ。そしたら他の奴に手出ししねぇから」って言ってやった。
別に身代わりするのを強制したわけじゃない。嫌なら黙ってればよかった、余計な事をしなければよかった。なのにアイツは馬鹿みたいな決意顔で「分かった」とか言うから。だからこうなってるわけで。
なのにアイツ、何を考えたのか腹を殴った俺にパンチを食らわせてきやがった。反撃されると思ってなくて、痛くもなかったのに盛大にずっこけてしまった。そのせいで見てた女子に「ダサッ」って言われて、とにかく最悪な気分だった。
ランドセル係にしようとしてもいつの間にか消えて事も増えてきたし、最近アイツは調子に乗ってきている。一回ボコしてやった方がいいのかもしれない。
「こんな時理仁が居たらスムーズなんだけどな……」
長いこと学校を休んでいる幼馴染の事を思い出す。理仁の奴、何をやったか知らないけどさっさと入院から復帰しろっての。どうせ大したことないんだろ、遊んでて加減間違えて骨折なんてよくあったじゃないか。俺の知らない所でもよく骨折ってたし、アイツ。
「はあ……ま、目には目を作戦で行くか」
俺は頭の中で今日のいじめプランを立てつつ、今日の学校の準備を始めた。




