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6話『お見舞いに来てくれる友達』

 コンコンというノックの後、どうぞ〜と声をかける前にガラッと引き戸が開く音がした。



「やあ瑠璃川。こんにちは」



 病室に入ってきたのはクラスメートである卜部颯馬。特別仲がいいわけでもなかったのにここ最近ずっとこいつは俺の病室に訪ねてくる。


 不思議だ、自分をいじめていた派閥の人間なのになんでこうも様子を見に来てくれるんだろう。



「あれ、今日はあんまり元気なさそう? おーい、無視するなよー」


「……」



 お医者さん曰く、今日俺は女になって初めて"生理"というやつを迎えたらしく腹がキリキリしてイライラするから卜部の能天気な声を無視してやる。



「瑠璃川ー?」


「……」


「名前で呼んだ方がいいのかな。理仁くーん、改め理子(りこ)ちゃーん」


「ぶっ殺すぞお前」


「いだだだだっ!?」



 ふざけた名前で俺を呼んできた卜部の腕を掴み思い切り爪で皮膚を抓りあげてやる。


 男から女になったことで何をとち狂ったのか母親は俺の名前を理仁から理子に改名させた。別に身体の構造が変わっただけで中身は男のままなんだからそんな事する必要ないのに。

 おかげでその話をして以来ずっとこの調子で卜部に名前いじりをされている。不愉快だ。今日は特に不愉快だ。



「軽い冗談だろー、そんなに怒るなよー!」


「お前、学校じゃ全然自分から喋んないくせに俺にだけ調子乗るよな。なんなん、喧嘩売ってんの?」


「喧嘩売るつもりならこうして毎日お見舞いになんか来ないだろ? ほら、これ差し入れ。ミスド!」



 病室の机にミスタードーナツの箱が置かれる。名前いじりされるのは気に食わないが、毎日こういう風になんやかんやで良い物を持ってきてくれるんだよな。馬鹿にせず素直に普通に接してくれればいいのに。嫌な性格してる奴だ。



「……卜部、背中」


「背中?」


「なんか変な紙ついてる。ランドセル背負う時に取れなかったのかよそれ。こっち来て」



 卜部の背中に貼られた髪を破り取る。紙には雑な字で『ザコドレイ』と書かれていた。その内容を卜部に見られる前に紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。



「なんて書いてあったの?」



 えっ。書いてあった内容を直接聞いてくるパターンある? こういうのって絶対悪口が書いてあるパターンだろ、聞いて気持ちいいものじゃない。なんで聞いてくる???



「……まだ習ってない漢字があったから読めなかった」


「そっか」



 それが誤魔化しの嘘だと知ってか知らずか、卜部は少しだけ作り笑いを浮かべてから小さく息を吐いてベッド横の椅子に座った。



「いつ退院できるの?」


「さあ。でも目が覚めた時に来年の春頃退院できるかもって言われたからあともうちょいじゃね」


「クラス替えの時期とタイミング被る感じか」


「多分ね。はあ……憂鬱だわ。長い間学校を休んでたと思ったら女になって帰ってくるとか、周りからしてみれば不気味な存在でしかないよな俺って。上手く馴染めなさそう〜」


「大丈夫でしょ。瑠璃川は俺なんかと違って友達多いし。……いっで!?」



 ヘラヘラ顔で急に意味の分からない事を言ってきた卜部の鼻っ面にデコピンしてやった。



「その下手くそな作り笑い、俺と二人でいる時にやるのやめてくんね。キモい、その顔」


「面と向かってキモいとか言うなよ酷いな!」


「じゃあやめればいいだろ。俺がお前の作り笑いに釣られて笑った事ある? ないよね」


「別に笑わせたくてこうしてるわけじゃないし」


「なんでもいいわ、面白くない時は無理して笑うな気持ち悪いから」



 俺がそう言うと卜部は困ったような顔をしたあと渋々といった様子で「分かった」とだけ言った。



「所で卜部よ。せっかくお見舞い来たんだからなにか暇つぶしになる事をしよう。この病室に来てくれる唯一の人間として俺はお前にもてなしを要求する」


「なんだそりゃ。お母さんはちょくちょく様子を見に来るんだろ?」


「一瞬見てすぐ帰るよ。居座られても困るし」


「前々から気になってたんだけどさ、瑠璃川って親と仲悪いの?」


「別に普通だよ。そんな事より暇つぶし、なんかねぇの?」



 身を起こして催促すると卜部がランドセルを開けてゴソゴソと中身を漁り始める。

 そこから出てくるものにはあんまり期待できないなぁ、嫌だぞ川に投げ落とされてカピカピになってるノートとか出されても。どんな反応していいのか分からないよ。



「さっき百均で買ったトランプ。これで遊ぼう」


「トランプ?? どうしよう、俺ババ抜きしか分からないぞ」


「ババ抜きってなに?」


「ババ抜き知らない奴いるの!? めちゃくちゃレアじゃないそれは!?」


「大富豪なら分かるよ!」


「大富豪……なんだそれ」


「え、大富豪知らないマジ!? そんな子今時居ないだろ瑠璃川!!!」


「ババ抜き知らない奴に言われたくないわ!」


「いや絶対大富豪の方が有名だから!」



 やいのやいの。なんでかな、またくだらない事で卜部と言い争いになった。そしてその口喧嘩を耳にした看護師さんが病室に入ってきて、俺と卜部はこっぴどく叱られてしまった。

 またコイツのせいで大人に怒られた! クソーッ!



「仕方ない、トランプデュエルするか」


「絶対ないゲーム出してきたじゃん。それ瑠璃川オリジナルだよね」


「俺と卜部じゃ共通で分かるトランプの遊びがないんだから致し方なしだろ。ないなら作るしかない」


「発明家の考え方だなぁ。で? トランプデュエルってのは一体どういうゲームなのさ」


「まずシャッフルします。シャッフルして」



 指示を出し卜部にシャッフルさせる。……几帳面な性格かと勝手に思ってたけど案外雑なんだなコイツ。めっちゃ大雑把にザッザッてカード切るじゃん。



「で?」


「カードを裏向きのまま1枚引きます。引いて」


「うん」


「俺の分も引いて。点滴刺さってるから腕上げたくない」


「さっき俺の事デコピンしてこなかった?」


「気のせいだね」


「言いながら普通にカード引くじゃん。それで? 続きはどうするの?」


「引いたカードの数字が大きい方が勝ち」


「絶対存在するなそのゲーム! 存在しないわけないなそんな単純なゲーム!!!」


「アルファベットは全部クソザコ終わりカード。アルファベットの時点で数字には勝てない。死」


「あ、なさそう」


「ジョーカーだけは究極最強ブルーアイズホワイトドラゴン。全てに勝つことができる」


「なんなのそのルールきもちわるっ!」


「なんだと! 何が気持ち悪いんだよ!」


「いや普通アルファベットは数字より大きいもんじゃないの? AはあれとしてもKとかQとかJとかは数字よりでかいのが常識じゃない!?」


「意味分かんないだろそれ。なんでアルファベットの方が数字より強いんだよ。数字は無限にあるけどアルファベットって100文字くらいしかないだろ」


「100文字もないでしょ。26文字くらいしかないでしょ」


「雑魚じゃん」


「そういう話? でもトランプにある数字は最大が9だよ?」


「アルファベットが9より弱いって理屈になんないだろ」


「いやでも10個目のアルファベットが丁度Jだよ? それ以外のアルファベットもAを除いたら10より後の文字だし、そこで強さを主張するのは自然なのでは?」



 むむ。卜部のくせに納得してしまいそうになる理屈を言ってきたな。なんだこいつ、もしかして意外と頭良い? なんかムカつく。



「とにかくアルファベットは数字よりも弱いの。ジョーカーだけが最強。これがルール、おっけー?」


「なんでもいいけどさ。それじゃ、めくる?」


「ああ。せーので捲るぞ。せーのっ!」



 捲ったトランプは俺が4、卜部がJだった。



「はい俺の勝ちー」


「何が楽しいのこれ」


「俺が編み出したゲームにケチつける気かお前。いいぞ相手になるぞかかってこいよおらおら」


「自分の姿ちゃんと見てから喧嘩売ってきてほしいものだ。うーん、一からちゃんと説明するから大富豪しよう? 流石にこのゲームつまらなすぎるよ」


「そこまで言うなら卜部作のゲームがどんなもんか評価してやろうじゃないの」


「俺が作ったわけじゃないから。太古の昔から存在するゲームだからな大富豪は」





 卜部と大富豪を初めてからいつの間にか時間が過ぎ窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。



「げ! 気付いたらもうこんな時間! そろそろ帰らないと親に心配されちゃうや、そろそろ帰るな瑠璃川!」


「おう。気を付けて帰りなね」


「あーい! あ、あと明日明後日はごめんなんだけど家族で出掛けるからお見舞いに来れないかも!」


「何がごめんなのか分かんねえよ。家族の皆さんと楽しんでおいで〜」



 パタパタと卜部の駆ける足音が遠のいていく。やっとうるさい奴がいなくなって静かな時間がやってきた。


 入院してから随分と長い時間卜部と接していたせいか、段々とアイツ調子乗ってきて最近ちょっと鬱陶しいレベルにまでなってきてるんだよなぁ。



「……変な奴」



 俺、アイツに酷いこと沢山してきたのに。なんでアイツはあんなに俺と居る時楽しそうにしてくれるんだろう。


 体を寝かせて仰向けのまま目を閉じる。


 そっかぁ。明日明後日は来ないのか、アイツ。この二日間退屈になりそうだなぁ。


 というかさっきまで腹の痛みでイライラしてたはずなのにいつの間にかそれも忘れて純粋に大富豪を楽しんでいたな。いや、大富豪を楽しんでいたというより卜部と話すのが……。


 いや、それはないか。アイツは俺が理解できないタイプの人種だし、そもそも仲良くなれないタイプの人間だ。そんな奴と一緒に遊んで心から楽しめるわけなんかないし、きっとなにかの気のせいだろう。



「慎也は元気にしてるかなぁ」



 ふと、幼馴染である慎也の事を思い出す。今まではずっと俺の隣にアイツがいたわけだけど、こう何ヶ月も学校に俺がいない状況での慎也ってどんな感じなんだろう? 案外俺の代わりになる奴を見つけて今日も楽しく周りに威張り散らかしてるのだろうか。


 ……うわっ。てか学校復帰したら女になった状態で慎也と顔を合わせるのか。アイツなーんか女の事嫌ってるっぽいからどんな顔されるか想像したくないなぁ。

 最悪卜部みたいに馬鹿にされたりいじられたりするかも、そうなったら流石に距離を置かないとだよなぁ。



「はあ」



 胸から重苦しい空気が登ってきて口から零れた。会いたくねえ〜誰とも。卜部くらいだよな、俺が女になったって言っても自然に接してくれそうな奴。他の連中だったら絶対何か言われるもん。


 学校戻りたくないなぁ……ていうかもう中学生になるまで学校に行きたくない。そんな事言い出したら母親に怒られるから言えないけど、どうにかクラス替えで知り合いのいないクラスに割り当てられたりしないかな……。



 モヤモヤとした気持ちと将来への不安でこれ以上考え事を続けたら眠れなくなりそうだったので、もう何も考えないようにして再び目を閉じる。この息苦しさは今だけのものだと信じて、俺はゆっくりと意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
またすぐにレイプされるような気がする。幸せになれるのかな
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