3話『慣れない匂い』
「……とべ?」
「卜部だよ。カタカナのトじゃなくて」
テンコーセーの家に到着し、表札に書かれた文字を呟いたら訂正が入った。ウラベって読むんだこれ。
「変な名字」
「瑠璃川くんだって、てかむしろ瑠璃川くんの方が珍しいでしょって」
「そんなことないと思うけど」
初めて来る卜部の家にお邪魔する。ほえー、俺の家とも慎也の家とも違う、なんか新しくて小綺麗な感じの家だ。そして家中からしてくるテンコーセー、改めて卜部の匂い。
……なんか、これまで全く入ったことがないタイプの家で緊張するな。
「あ、お兄ちゃん! おかえりーだけど濡れてる!! 汚い!!!」
「うるさいな、あっち行ってろよ紗香……」
家に入った瞬間テッテコ小さな足音がして、俺達より背が低い女の子が階段から降りてきたと思えばすぐ登って行った。なんだ今のやりとり。
「今の、妹?」
「うん。二個下の妹」
「へぇ。お前妹いるんだな。クラスメートの名前より先にソイツの妹を知ることになるとは」
「それ、ずっと気になってたんだけどなんでずっと転校生呼びなのさ。転校してきたのなんて去年の話でしょ……」
「今までお前に興味なかったし。けど慎也がお前にちょっかいかけるから流れでお前を呼ぶことが増えたじゃん?」
「名字くらいは覚えといてほしいんだけど……」
「それはそうなんだけどさ。お前、下の名前はなんて言うの」
「颯馬」
「うわめっちゃフツー。聞いて損した」
「逆にどんな名前を期待してたんだよ!?」
別に期待してたわけじゃないけど、名字がカタカナのトに見える漢字使ってるんだから名前もそういう感じになるって思っちゃうじゃん。具体例は浮かばないけどさ。
「瑠璃川くんは名字も名前も珍しい感じだよね。理仁だっけ? なんか外国語みたい」
「初めて言われたわそんなこと。それよりさ」
「?」
「普通に家に上がってるけどこれ、服を乾かすっつってもどうするの。着替えとか持ってないんだけど」
「先にシャワー浴びときなよ。着替えは俺の服を着ればいいし。その間に何とかしとく」
「お前の方が全身ずぶ濡れなのにそのままで待ってんの? 風邪引かね?」
「うーん……」
卜部は腕を組みしばらく考える素振りを見せた後、悩ましげな声のまま口を開いた。
「ともすれば、同時にシャワーを浴びるという事になるんだけどそれでもいいの?」
「いや良くないけど。お前が先に入れよ」
「その間瑠璃川くんが待ちぼうけになるじゃん」
「そりゃそうだろ」
「そっちが風邪引くじゃん」
「この程度の寒さ、耐えてみせよう」
「いや駄目だよ、先入りなって」
「だからそれは」
やいのやいの。風呂場前の廊下で何故か言い合いをしていたら卜部のお母さんがやってきて「さっさと二人で入っちゃえば?」と言ってきた。どうやら俺達はいつの間にやら声が大きくなっていたらしく、部屋でゴロゴロしていたのを邪魔されて不愉快だったらしい。
「なんでお前なんかと一緒に風呂入らなきゃならないんだよ!」
「怒らないでよ……まあ、薄々こうなるとは最初から思ってたけどさ」
大人の意見には逆らえず従った結果、よく知りもしないクラスメートと共に風呂場に入ることとなってしまった。
プールの授業でさえ他人に近付きたくなくて端の方を陣取ってるのに、こんな狭い空間で裸のテンコーセーと一緒にいるとかすごく不快だ!
「……人の体ジロジロ見んな!!!」
「ごめん! ……えっと」
「なんだよ」
「その……背中の傷すごいね? 誰かと喧嘩したの?」
「別に!」
ぐぬぬぬぬ。見られたくないものを勝手に見られた、前を向くと今度はちんこを見せてしまうので体の向きに困り、卜部に壁側を向いてるよう指示する事にした。
「同じ男子同士なのに裸を見たら怒られるって変な話だよね」
「うっせぇよ。小4にもなって仲良くない奴と裸見せ合う機会なんかあるわけないし恥ずかしいだろ」
「一瞬実は女子なのかなって思ったけど普通にちんこ生えてたし、じゃあ瑠璃川くんが恥ずかしがり屋なだけか」
「なんなのお前キッショ! 人のちんこ見んな!!」
「大きな声出すなよ耳痛いから! ったく……シャンプーとか分かる?」
「馬鹿にしすぎだろ殺すぞ!」
「どのボトルがどれかって分かりますかって質問なんだけど! あと大声出すなっつってんでしょうるっさいなあ!!!」
「お前だって大声出してんだろキンキンする声出しやがって黙ればーか!!!」
また卜部と言い合いをしていたら風呂場の外から「あんたらめっちゃうるさい!」とまたしても卜部ママに怒られた。びっくりして身を屈める。
クソッ、こいつのせいで二回も怒られた! 理不尽だ!




