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2話『テンコーセー』

 珍しく慎也が風邪をひいた。うるさいやつが居ないと退屈な学校が余計に退屈でつまらなく感じる。



瑠璃川(るりかわ)〜」



 いつもよりのんびりと帰る準備をしていたらクラスの女子に呼ばれた。素っ気なく「んー?」と答える。



「瑠璃川って鰐淵(わにぶち)と仲良かったよね」


「そうだね」


「今日のプリント、代わりに届けてくれない?」


「えぇ」


「あんまり話したことない私が行くより良くない?」



 何が『良くない?』なのかよく分からない。近所だからプリント渡す係に任命されたんだろうに、俺に頼む必要あるかな。いいけどさ。



「分かった。プリントちょうだい」


「はい」



 手を出したらプリントを手のひらに叩きつけてきた。女子は小走りで友達の群れに向かっていった後、俺に聞こえる声で「さっさと受け取れよばーか」と言った。恩を仇で返すとはこの事か。




 雨上がりの湿った地面を歩く。

 あっ。太陽の反射で浅いように見えた水溜まりに足を突っ込んじゃった。すっかり靴がずぶ濡れだ。怒られるんだろうな、嫌だなぁ。



「今日、どうしよう……」



 今日に限って男子連中みんな用事があって遊びに行けないし、慎也も風邪を引いてるから家に居着くこともできないし。時間を潰すアテがなくなっちゃったや。



「……まだ直されてないんだ。このガードレール」



 橋にかかった大きく歪んだガードレールを見る。俺達が生まれるよりも昔、ここで子供が轢かれる交通事故があったらしい。ちょっとした心霊スポットだ。


 一年生の時、川に落ちた犬を二人で助けたりしたっけな。歪んだガードレールの端を俺が掴んで、俺の腕を慎也が掴んで、犬を拾い上げようとして。そのせいで余計にガードレールが歪んで、バランスを崩した俺と慎也は一緒に川に落っこちて。


 懐かしい。俺も慎也もめちゃくちゃ泣いたな〜あの時。でもすぐに水の底にコンビニで売ってるエロい本を見つけて、二人とも興味津々でその本を拾い上げて読もうとしたっけ。

 この世のものとは思えないほどページにびっしりウジ虫みたいのがくっついてたなぁ。思い出したら鳥肌立っちゃった。

 一瞬、この橋の下で時間潰そうかとも考えたけどやっぱりやめた。あの光景思い出した後に橋の下とか死んでも入れない。グロテスクです。



「……ん?」



 橋を渡りきった所で、堤防で三角座りしてる子がいるのが見えた。


 今日は雨じゃないのに全身ずぶ濡れで開きっぱなしのランドセルが地面に落ちている。

 よく見ると、用水路の段になってる場所にあるアミアミにノートが数冊引っかかってるのに気付いた。そういう魚の漁みたいになっててちょっと面白い。



「よいしょ」



 普段なら見て見ぬふりするけど、今日は出来るだけ家に着く時間を遅くしたい。何があったのか知らないけど、困ってそうだしあのノートを拾ってきてやろう。


 斜面を転ばないように降りて、ランドセルを置いて水の中に足を突っ込む。六冊、これで全部かは分からない。けどもう他に落ちてる物も見当たらないので切り上げて三角座りマンの前に拾った物をドサドサ落とす。



「……っ」



 三角座りマンは頭を少しあげて俺を見る。目が合った時、俺はつい「げっ」と言ってしまった。



「瑠璃川くん……」



 三角座りマンの正体はテンコーセーだった。そっか、コイツの家も方角的には俺や慎也の方面なんだからこうして会うこともあるか。



「テンコーセーかぁ……」



 うーん。微妙な奴と出会っちゃったな。どうしよ、話しかける気が一気に失せちゃった。でも家に帰りたくないしなぁ。

 なんて考えてたら、テンコーセーはまたいつもみたいにぎこちないニヤケ顔をしながら「こ、こんにちは?」と言ってきた。



「こんにちわ。なにしてんの、テンコーセー」


「な、なにって」


「あぁごめん。誰かに荷物ぶちまけられて泣いてたのか。考えなくてもわかるね」


「……」


「慎也以外の奴も結構お前の事いじめたりするよね。なんかクラスの全員に嫌われてない? すごいね」


「すごいねって、なにが」


「え? んー……学校楽しくなくない? なのに毎日来てるじゃん」


「…………そう、だね」



 少しだけ笑顔を崩し、テンコーセーはまた下を向いた。



「瑠璃川くんも、俺にちょっかいかけに来たの?」



 俯いたままボソボソとテンコーセーが質問してきた。なんでそういう考えになるのか分からないので無視する。



「なんでお前っていじめられてんの?」


「っ。し、知らないよ。そんなの」


「知らないことなくない? 自分の事でしょ。なんかやったんじゃないの」



 急にテンコーセーが俺の膝下を力いっぱい掴んできた。爪を立てて握りこんでくる。



「痛いんだけど」


「……」


「怒ったならそう言えばいいだろ。足なんか握ってなにがしたいの」


「……瑠璃川もいつも俺の事馬鹿にしてくる。なんなんだよ」


「なんなんだよって何? ていうか俺、周りに合わせてるだけで馬鹿になんかしてないし」


「してるだろ! いつも俺の事笑ってる、気持ち悪がってるし馬鹿にしてる!!!」


「本当のことじゃん。馬鹿だし運動音痴だし笑い方気持ち悪いし。てか意味分かんない所で笑うし、なんかキモいし」


「だまれっ!!!」



 急にテンコーセーが大きな声を出して筆箱を投げつけてきた。筆箱が俺の頭にぶつかる。



「あっ」



 筆箱は方向を変えて飛んでいき川の方へ転がっていく。



「ご、ごめっ」


「お前って本当に馬鹿だね」



 テンコーセーの手を足で払い除けて、また斜面を下り川の中へ。冷たい水に手を突っ込み、指先で川底を漁ってようやく見つけた筆箱を拾い上げる。



 テンコーセーの方へ戻ろうと振り返って足を出したら「ゲコッ」という音が足の下で鳴った。何かを潰した感触もある、多分大きめのカエルでも踏み潰したんだろう。


 そのまま登ろうとしたらカエルを踏んだ足が滑って盛大に背中から大の字で水にダイブしてしまった。



「つめたっ!?」



 全身濡れたせいで大声出しちゃった。服の中に水が入ってパンツまで濡れまくってる! 最悪だ!!



「大丈夫っ!? 瑠璃川くっ」


「えっ」



 川で大の字になっている俺を追いかけてきたテンコーセーがよりにもよって俺のすぐ目の前で足を滑らせる。


 こっちは尻餅ついてからベターンってなったから大した怪我はしなかったけど、テンコーセーの方は完全に足が浮いてる。しかもコイツはかなり鈍臭い運動音痴だ。


 このままだと頭から川に落っこちちゃうな。頭から落ちると首の骨が折れて100%死ぬって聞いたことがある。俺は慌てて手を広げた。



「うぎゅっ! くぅ〜、お前なにやってんだよテンコーセー」


「あ、ありがとう……」


「いいから早くどけし! 鬱陶しいなぁ〜ぁあああいだだだだだっ!!?!?」


「えっ!? 瑠璃川くん、どうしたの……?」


「痛い痛い痛い!!! ちょっばかっ胸から手ぇどけっ、痛いぃぃぃぃっ!!!!」



 俺の上に乗っかっているテンコーセーが胸を鷲掴みにしてきた。めちゃくちゃ痛い、びっくりするほど痛い。痛すぎて涙まで出てきたのでテンコーセーを突き放す。


 な、なんだこれ!? 手を離してもしばらくジンジンして痛みが止まらない……。



「何するんだよバカ!!!」


「何もしてないよ!?」


「何もしてないのにこんなに痛いわけないだろ!? めっちゃ胸痛いんだけど……!!」


「ただ手が当たっただけ……」


「うるせえ死ね!!!」



 テキトーな小石を拾って投げつける。石はテンコーセーには当たらなかったが、もう1発投げつける気も起きないので川から出る。


 そういえば最近胸から変な痛みを感じることがあった。Tシャツとか擦れるとチクチクして、ついつい背中を丸めることが多くなってたっけ。今のってもしかして、それに関係する痛みだったりするのかな……?



「なにしてるの? 瑠璃川くん」


「なにってなんだよぶん殴るぞ」


「ご、ごめんって……いや、なんかシャツを指でつまんで持ち上げてるじゃん。なにしてるの? 変だよそれ」


「お前が変なことしたせいで胸がジンジンするから布が当たらないようにしてるの! まじでありえねえ、物拾ってあげたのに暴力かよ!!!」


「暴力って……そんなに痛かったの?」


「痛かったよ!!!」


「ご、ごめん……」



 テンコーセーが気まずそうに謝って下を向く。



「そういう技持ってるならそれ使っていじめに対抗すればいいのに! ばーかばーか! だから馬鹿なんだよばーか!」


「技……? よく分からない、ごめんね……」


「もういいけどさ! 次やったらまじで殺すから!」


「やらないよ……そ、それよりさ……」


「なんだよ」



 テンコーセーは俺の服と自分の服とを見比べて、困った顔をしながら口を開いた。



「どうしよう、ずぶ濡れだ。俺のせいで瑠璃川くんまでずぶ濡れになってるし、それだと家の人に怒られちゃうよね……?」


「は? まあ、そりゃ……」


「瑠璃川くん、今日ってこの後大丈夫?」


「なにが?」


「俺の家、ここから近いからさ。時間あるなら服乾かしてから帰ったらどうっていう、その……」


「……」



 どうやらこいつはさっきの女子のような恩を仇で返すタイプではなかったらしい。

 でもよく俺を家に呼ぼうと思えるな? 俺、慎也と同じくらいテンコーセーから嫌われててもおかしくない立場なのに。



「い、嫌なら別に」


「行く」


「……」



 あっ、今絶対に『うわまじか』って思ったぞこいつ。言って後悔したって顔した。

 なんだよ、自分から言っといてやっぱり俺を家に呼ぶのは嫌と。そりゃそうだろ馬鹿だろこいつまじで。ま、そんなの知らんけど。



「今からやっぱナシっていうのは無理だからなお前」



 俺の言葉を受けてテンコーセーは目に見えて暗い顔をした後、また無理して変なにやけ顔を作って「今更ナシなんて言わないよ〜」と言ってきた。どういう感情なんだよ、こいつの考えてることさっぱり分かんない。


 俺は自分のランドセルを背負い、歩くテンコーセーの後ろに着いていく。

 テンコーセーが足取り重そうにするので「遅歩きしてたら蹴るぞ」と声を掛ける。テンコーセーはこっちをチラッと見た後、小さなため息を吐いて普通の速度で歩き始めた。

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