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1話『気の晴れない空の色』

「くぁ……」



 欠伸が漏れる。

 窓の外はまだ薄暗く、水の底のような青々とした空を見ていたら余計に眠たくなってくる。

 トラックの音が遠くで響いている。給食のトラックかな、なんてボーッと考えていたら膝がビクッと跳ねて机の足に膝の皿をぶつけてしまった。痛い。



理仁(りひと)ー。昨日あの後ゲームどうなったん? 結局ボス倒せた?」



 幼馴染の慎也(しんや)が俺の机の上に勝手に座り込んで話しかけてきた。



「マジ無理1人じゃ限界あるってあんなの。絶対難易度調整ミスってる」


「よーし。なら今日はガチで倒しにいくか! 他の奴らにも招集かけてお前ん家に集合だな!」


「えー。今日はもう別の遊びしようぜ」



 俺がそう答えると慎也が「なんでだよー」と言いながら机をガタガタ揺らす。また机を傾けて転げ落としてやろうかな。


 教室の前の方では女子グループがキャッキャと笑いながら何か楽しそうに雑談している。

 ……げ。話してる女子のうち1人と目が合った。俺と目が合った女子はすぐに目線を逸らし、他の女子になにか一言二言話した後にまたこっちをチラチラ見てきた。それ以外の女子も。


 俺と目が合った後になんて言ったのかは分からないけど、盛り上がっていた内容についてはなんとなく分かる。どうせ「男子ってほんとバカだよねー」とか「あいつらキモいよね」とか、そういう馬鹿にしてる系のネタで盛り上がってたんだろう。


 また目が合うことで変な事を言われるのも嫌だったので、机に寝そべるようにして自然と目線を慎也の方に向ける。ついでに、やる必要は無いけどこっちの話をされるのはムカつくのでしれっと一瞬中指を女子の方に向けてすぐに普通の手の形に戻す。


 慎也とゲームの話をしていたら教室のドアがガラッと開いて担任が入ってきた。



「おはようー。はい席についてー。今日からまた一週間始まるよ、やる気出していきましょー」



お決まりの月曜のご挨拶。言う必要あるのかないのか分からない決まりセリフをいつもの眠そうな声で担任が言う。



「わっ!」



 担任が喋り終えた直後、教室の真ん中あたりから小さな声が聞こえた。



「なんだあいつ。キモッ」



 慎也が半笑いで言う。

 声の主は気弱で鈍臭い、このクラスでいじめられてる奴だった。名前は知らない、俺はテンコーセーって呼んでる。

 テンコーセーはランドセルから教科書を出そうとしたらミスって床に落としてしまったらしい。ただそれだけ。それだけなのになんでわざわざ変なリアクションを取るんだろうな。


 本人のリアクションはともかく、教科書が床に落ちた時にバンッて音が鳴ったせいで教室が一瞬静かになった。

 少し遅れて周囲がクスクス笑い始める。

 誰かが「ダッセェ〜」とわざと大きな声で馬鹿にする。

 クラス中のクスクス笑いがさらに広まっていく。



「フツーじゃねえのに学校来んなよな。まじウゼー」



 慎也が俺に同意を求めるような口調で言ってきたので「まじそれな」とだけ返す。

 普通じゃない、と慎也は言った。何が普通じゃないのかはよく知らない。人より鈍臭くて、体育とか苦手だって印象しかない。でもそれがクラスメートに見下されてる理由だって言うのなら、まあ何となく理解はできる。



「てか本当によく学校来るよな。来たら下僕みたいに扱われるってわかってんのに」



 慎也が何故か俺に「なんでなんだろうな?」と問い掛けてくる。知ったこっちゃないしどうでもいい。



「そういえば、転校してきていきなり係の仕事を代わってやったり人の荷物持ったりしてたよな」


「してたっけ」


「してた。前の学校でも鈍臭さが理由でいじめられた経験でもあるんかな? で、もういじめられたり馬鹿にされたりしたくないから平気なフリして学校来てるとか?」



 なんだそれ。意味わかんねー理由。



「まあ来てくれるおかげで毎日楽な思いして帰れるからいいけど。ランドセル持たなくて済むし」


「なんにも入ってないんだから持ってても持ってなくても変わんなくね?」



 軽くツッコんだら慎也が「死ね」って言いながら頭にチョップしてきた。なんでだよ。



「てか席変われよ〜理仁! 次の席替えまで今のままとか地獄なんですけどー」


「やーだね。アイツなんか笑い方キモいし」


「分かる! なんかすぐヘラヘラするよな! 気持ち悪ぃ宇宙人みたいな!」


「うははっ! どういう喩えなんだよいみわかんねー」



 みんなが笑って、馬鹿にして、担任はそれを特に注意することなく面倒くさそうにため息をこぼす。

 このクラスはそういう空気感が出来上がっている。キャラが立ってる変な奴が1人いるから、そいつをみんなで見下すことでクラスのバランスは保たれている。


 世間からしてみればそれって物凄く酷いことなんだと思う。でもそれがこのクラスにおける日常だから。俺もこの日常を平和に続けるクラスメートの一員として、周りに合わせてヤジを飛ばす。


 慎也の言った通り、俺がもしアイツの立場だったら学校に来ようだなんて絶対に思わない。だって、きっとどこのクラスでも似たようなことが起きているに違いないから。


 誰も悪いことはしていない。酷いとは思うけど、でもこれは仕方ないことなんだと思う。周りと違うってことは、周りに気を使ってグループに馴染むべき人間だってことなんだし。


 誰がアイツにどんなことをしようと、どうな悪口を投げかけようと、それは空気を読んでこのクラスでの"普通"をしているだけ。そうされるのが嫌なら学校に来なければいい、周りの大勢がアイツに合わせる必要はこれっぽっちも無い。こっちがルール側なんだから、それに従えないなら退場するのが当然なんだし。


 チャイムが鳴る。そこでようやく担任が「はい、静かにー」と言ってクラスのヤジがポツポツと収まり始める。

 俺は机に突っ伏して目を閉じた。




 全部の授業が終わって空のランドセルに給食袋と体操服入れだけ詰めて教室から出る頃。

 ……頭が少し重い。この所、風邪ってわけでもないのに何故か体がだるくてあまりテンションが上がらない。


 ゲームのやり過ぎで疲れが溜まってるのかな?それかただの寝不足とか? なんにせよどハマりしてるゲームを早くやりたいって気持ちより帰って寝たいって気持ちの方が強くなってるから今日は素直に早寝でもしようかな。


 そんな事を考えながら廊下を歩いていたら先に帰ったと思っていた慎也が俺の肩を叩いてきた。……今日は1人なんだ?



「おい理仁、今日こそ全クリ目指すぞ! 昨日磨き上げた俺の超絶テクを披露してやる!」


「いやごめん、今日なんかめっちゃだるいから集まるのナシにしたいかも」


「はあ? マジ? 俺がメインで操作すんだから関係なくない?」


「あんまり起きてたくないんだよ〜帰ったら即寝たいの。それくらいだるい」


「なんだそりゃ、朝は別の遊びを提案してたのにそれも出来ない感じ?」


「出来ない感じ」


「はあ〜??? そっかぁ……てかさ、最近お前ずっと調子悪そうだよな。病院行った方がいいんじゃね?」



 げっ。慎也ですら俺の体調不良に気付くんだ。じゃあ他人から見たらめっちゃ元気ないように見えるんだろうな〜今の俺。ポーカーフェイスってのには自信あったのに。



「別に熱は無いから病院行く程でもないだろ」


「そうなん? でもなんかキツそうだよお前。よし、俺がカルテを取ってやろう。お前が苦しんでいる症状を俺に教えてみてくれ」


「病院の人って患者のことお前呼びしないだろ。うーん……時々頭がズキズキしたり、胸がむかむかしたりする。あとなんかちんこがいてぇ。チクチクする」


「ちんこの病気なんじゃねえの?」


「だったらもっと騒いでるし病院にも行ってるよ。チクチクするけど何も変なところはないんだよ。普通のいつも通りのちんこがそこにある」


「見てみなきゃ分からんな行くぞ四股踏み突撃!!!」


「近付くなホモ! 一歩でも近付いたら殺す!!」


「元気じゃん。じゃあ今日お前ん家な〜」



 無理やりすぎるだろ、相変わらず。まあゲームを眺めてるくらいなら別に面倒でもないし付き合うけどさ。




 慎也の退屈な話を聞き流していたら他の友達とも合流したのでそっちに会話を任せ、今日の出来事をボーッと振り返りながら廊下を歩く。


 慎也との会話の中に出てきた"病気"って単語が頭の中に浮かび上がる。

 小学校に入ってから4年間、どのクラスにも1人は必ず『なんとなく周りの輪に混じれず馬鹿にされている奴』ってのが居た。馬鹿にされる理由はそれぞれ違ったけど、そういう連中の共通点を洗い出してみると揃いも揃ってそういう奴は何らかの"ビョーキ"を持っていたような気がする。


 肌がなんかブツブツしていたり、ヨダレ鼻水を垂らしていたり、変な所で泣いたり怒ったり、そもそも会話が出来てるか怪しかったり。


 周りとどこか大きく違う特徴を持っていたらそいつはいじめてもいい奴に分別されるんだと思う。そして、そういう奴を馬鹿にするという行為を下らないって思っていても『それを馬鹿にすることが普通だから』という空気に流されて、なんとも思ってない連中も周りに合わせて馬鹿にしたり無視したり笑ったりする。


 俺もその"普通"に合わせて今まで散々馬鹿にしてきたけど、もしこの体調不良が原因で変な治らない病気なんかに進化してしまったとしたら。同じように周りから馬鹿にされて無視されたり笑われたりするのだろうか。



「おわっ。アイツだ」



 前を歩いていた慎也が立ち止まる。急に立ち止まるからランドセルに鼻をぶつけそうになった。


 慎也の前の方を見たら、テンコーセーが集団の後ろを歩いてるのが見えた。1人で沢山のランドセルを持たされてるから分かりやすい。なんだ、他の連中の荷物持ちさせられてたんだ。



「よっしゃ! 見てろ理仁!!」



 そう言って慎也が走り出し勢いをつけていじめられっ子の尻を思い切り蹴飛ばした。


 大きな音が鳴り、テンコーセーが短い悲鳴を上げて前のめりに倒れる。前を歩いていた集団が振り返り、慎也の行いに賞賛じみた奇声を上げながら笑っている。



「理仁も来いよ!」



 テンコーセーの脱げた上靴を窓から投げ捨てながら慎也やその他の集団が俺に期待に満ちた目を向ける。自分が楽しいと思えることは一緒に楽しんでほしい、それが友達だもんね。ここで『馬鹿馬鹿しい』だなんて素直に言い放ったり、ボーッと眺めるだけだとそれこそ相手の空気を白けさせてしまう。



「……よし。アチョー!」



 先生に見られたりだとか、周りから引かれるんじゃないかとかそういう不安で気は進まないけど、友達の期待を裏切って縁切りされても嫌なので助走をつけた飛び蹴りをテンコーセーに食らわせる。



 俺達は笑い合い、俺達だけ楽しい思いをする。今日も何ら変わらない、いつもと同じ平穏な日々。これで一方的に恨まれたら嫌だな〜と考えつつも、いつまでも気分の晴れないような重たい空の下を歩く。

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