0話『瑠璃川理仁』
畦道の草むらで、黄色い翅の蝶を捕まえた。
指の間で震える翅は、まるで小さな太陽の欠片のようキラキラしていた。
俺はその蝶を落ちていた小汚いビニール袋にそっと入れた。袋の口をきゅっと結んで、胸に抱えて帰った。
玄関をくぐるといつもの匂いがした。
安い焼酎とタバコと、埃っぽい畳の匂い。
父親は居間のちゃぶ台に座って、テレビのバラエティをぼんやり眺めている。
「おう、理仁。何持っとるんや?」
無言でビニール袋を差し出した。
父親は袋を指でつまみ上げ、中を観察する。
「……はっ。蝶か。かわいそうに、袋に入れたら息できひんやろ」
そう言いながら、父親はくわえていた煙草を袋に近づけた。
フィルターの先が赤く光る。
チリッ、と音がした。
袋に小さな穴が開き、同時に蝶の翅に火が触れた。
黄色い翅が一瞬、黒く縮れ、蝶は袋の中で一回転して動かなくなった。
俺はそれをただじっと見ていた。
「泣かへんの?」
父親が煙を吐きながら笑う。小馬鹿にするような目で俺を見下ろす。
「冷たい子やねぇ。まあ、どうでもえぇけど」
冷たい子。
蝶の死骸を見つめながら自分に向けて言われ他言葉を心の中で復唱する。
蝶はただの虫で、俺じゃない。俺に酷いことをされたわけじゃない。
ただ、キラキラしていて珍しかったから。これを見せたら母親が喜ぶと思ったから持ち帰っただけだった。
俺が火で焼かれたわけじゃない。
別に痛くない。悲しくない。
泣くと怒られる。悲しくないんだから、無駄に怒られるようなことはしたくない。
父親はもう興味を失ったように、徳利を口に運んだ。
隣の部屋からは母親がいつものように小さな声で啜り泣く声が聴こえる。
俺は袋をそっと床に置き、部屋の隅に座った。




