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赫月の奇夜   作者: 蒼山 太一
逢魔時 -呪宍-
8/8

始まり。【弐】


 淡い蛍光灯の下、波葉県警科学捜査研究所の解剖室は静まり返っており、金属音や機材の音だけが響き渡る。

 検査台の上に置かれた頭蓋骨の破片を、主任研究員の生天目(なまめ)サヨコが顕微鏡越しに観察している。

「搬入された遺体ですが、頭部の損傷が尋常じゃないわ。圧痕の位置と咬合形状からして......複数方向から強い力が加わっています」

 サヨコの声は冷静さえあるが、言葉の一つ々々が異常性を示していた。

 興味深いと言いたい所。しかし、余りにも異常な“それ”を目前とし額から嫌な汗が流れる。

 そこに研究員の坂本が持ってきたCTスキャンの結果を指し示す。

「咬合幅は74.9ミリ。過去の資料から大型の熊の犬歯と可能性という点で考えられなくもありませんが......形状や圧痕の分布から見るに、現実に熊がこの現場に居たとは考えづらいかと。と言うより歯形の形状が既知の動物のどれとも一致しませんよ......再現不可能ですよこれ......」

「現場検証でも周囲の動物の痕跡は一切なし、装置や人工物による可能性も否定できませんが......形状と痕跡のパターンが生物的です......」

 声が震え出す坂本を横目にサヨコは頭蓋骨に軽く指を触れ、ため息をひとつ。

「つまり、既知の動物でも“人間仕業”でもない咬合力……“未特定の圧力”です」

 非検体の向かい側に立つ刑事は眉をひそめ、小さくつぶやいた。

「……科学で説明できない現場ってやつか」

 偶にあるんだよなぁ、“こういうの”と天井に視線を向き頭を掻きながらぼやき始める刑事。

「報告書には『即知の生物ではなく、未知の生物による咬合痕の可能性』として記述するしかありませんね」

「はは......全く笑えなぁ」


 暫くの間、無機質な部屋に沈黙が流れた。


 頭蓋骨だけが、かすかに冷たく淡い光を反射していた。

 サヨコは静かに呟く。


「……我々の役目ではありませんね。これは、“あちら側の組織”の分野かと......」


 言葉にするまでもない。


────これは人間の仕業じゃない事ぐらい分かっているさ。



 /08


 1998年12月25日午後15時14分。


 終業式が終わり早々とクラスメイトは帰り支度を済まし、今は教室には誰も居ない。

 俺もさっさと帰りたかったが、チューマンとの約束がある為、教室に一人待っていた。

 カチ、カチ、と教室の時計が動く音と校庭から聞こえる雑談だけが耳に入る。

「明日から冬休みか、バイトと塾で忙しくなりそうだな」

 窓際で憂鬱な視線を横目に、何処か遠くに流れていく雲を見送る。

「あ、いたいた!聞いたかよ瞳護!他の学校って終業式の時授業無いらしいよ?羨ましいよなぁまったく」

 騒がしい声の方に目を向けるとチューマンの姿がそこにあった。

「おー、やっと技術(選択授業)が終わったか、それはそうと準備できてんの?」

「はは、お待たせ、勿論準備できてるよ!それじゃあ“例”の場所に行こうよ」

 チューマンにはまだ神田の件を話していない。できればチューマンが来る前に神田に来てくれれば丸く治ったんだけどな。

「あー、それなんだけど、ちょっと話を聞いてくれないか?」

 神田萌果が現場に来ることになってる事をチューマンに説明した。監視の一環とクラスメイトを想っての事も勿論含めて。

「え?!神田さん来るの?!」

 えー......マジかよ......と気不味い顔を浮かべるチューマン。

「幽霊がいるんだよ?!そんな......何かあったら大変だよ!」

「まぁ、お化けが居るかどうかは別として、気持ちは分かるよ。こっちも半ば強引だったもん」

「何で断んなかったんだよ瞳護!」

「いやー、言ったよ?でも不意打ちに文武両道の美人の圧は中々に言葉が詰まるぜ?お前断れんのかよ」

「うぐ、確かに難しいかも......」

「うん、だから断るためにちょっと待つことにした。神田が来るまでさ」

「あ、そう云う事だったんだ!なら僕も賛成、一緒に待つよ!」

 賛成も何も、お前の撒いたタネだろ!全部!!と叫びたい本音を心に留めた。

 鼻息が荒れるのを抑える俺を遮るかの様にお喋りを続けるチューマン。

「でも凄いよね神田さんって、『正義感?』っていうのかな?たかがクラスメイトのために来てくれるかな普通?」

「え?あー、どうなんだろ。クラス委員だから?」

 言われてみれば確かに、クラス委員だからって普通来るか?何故俺たちのために来てくれるのだろうか?

 授業の一環で話すぐらいの仲で、普段は喋ったりする程でもない。盗み聞きとは言え、幽霊が出るって聞いた場所に“心配”だからって来てくれるものだろうか?

 『友達だから』という理由なら理解できる。俺が今行く理由の一つで「心配」が付くからだ。

 ただ、『クラス委員だから』で着いて行くのは些か疑問が残る。


......。


「チューマンの言う通り、正義感が強いのかもなぁー」

 俺の独り言はチューマンの耳には届いていない。


 



 神田を待つ事30分程過ぎた頃、二人して校庭を眺めながら駄弁っていた。

 駅前の靴屋で掘り出し物のスニーカーが買えたこと、Mステに出演してたモー娘の話、この後、神田も誘ってカラオケに行こうかなんて話をしている最中。


────ピリリリリッ!!ピリリリリッ!!


「うわっ!!何だっ!」

 机に置いてあった黒い携帯電話が突然と鳴り響く。普段、携帯電話なんて持ち歩かないモノだからすっかり存在を忘れていた。

 振動によって机がブルブル震え出している。その間も携帯電話はずっと鳴り響く。


「おいおいおい!ちょっと急にめっちゃ鳴ってんぞ!なに?!爆発すんの?!!俺はどうすればいい?!」


「分かんないけど多分神田さんから電話だよ!早く出ないと!」


 普段携帯電話を見慣れていない二人は大パニックを起こし思考が上手く回っていない。


「いいから!取り敢えず開けてみようよ!」

 チューマンは横であたふたしながらも携帯電話に指を刺しアドバイスを続けている。

「おーけー!おーけー!分かってる!」

 意を決した瞳護はガラケーを机から手に取りカチャリと二つ折りにされている画面を開いた。

「あれ......」

 画面を見つめるや否や動きを止め、大量の汗が流れ始める。

「えーと......」

 もたついている俺のその様子を見たチューマンは心配そうに声をかける。

「瞳護どうしたの?」

「いや......あの、これさぁ、どうやって電話出るの?......使い方分かりません......」

「え?そんなこと僕に言われても」


────ピリリリリリッ、ピリッ、ツー......ツー......ツー......。


 携帯電話のスピーカーからはホワイトノイズの音だけが聞こえてくる。

「あ、多分切れた」

 咄嗟に二人は顔を見合わせた。

 携帯電話の着信音が途切れ、静寂した教室に二人取り残される。

「......やべぇ?どうする?絶対あいつ(神田)怒ってるよな?......恐いからもう帰っちゃう?」

「いやいや、どさくさに紛れて帰んないでよ!この後の僕の心配は?!」

「冗談だよ、というより思ったんだけどさ二人でもう先行っちゃわない?」

「え?神田さん断るんじゃなかったの?!」

 確かに約束はしたが30分もこっちは待ったんだ。すっぽかされたと解釈しても良いのではなかろうか。

 なんなら逆にさっきの電話も神田から行けなくなったと断りの連絡だったのかもしれない。

 何はともあれ、電話に出れなかった俺らも悪いが30分待たしたあっちも悪い。お互い様だ。

「いやー、テンパってて忘れてたけど、思い返してみれば神田に場所(廃墟)言ってなかったしこのまま二人で行けば問題なくね?」

「それは流石に......次、会う時殺されちゃうよ」

「大丈夫でしょ、事が済んでカラオケ奢れば許してくれんだろ」

「それで、許してくれるといいね......。」


                   ◇



 時刻は16時30分を過ぎた頃、空の色は青と赤が混ざり合った様な色をしている。もうそろ夜になるんだうなぁ、なんて思いながら冷たい冬の空気を肺に送り込んだ。

「学校からバスに乗り約20分弱、更に徒歩10分と考えると、それを踏まえてあと5〜10分で着くだろうな」

「そうだね、いつも通る道なのにドキドキするよ」

 住宅街をチューマンと駄弁りながら目的地まで進んでいると、前方に女性の姿があった。

 腕を組み明らかにイラついているご様子で、つま先はリズム良くトントン地面に叩きつけている。

「随分と遅い到着ですこと」

 ドスの効いた声。眉間にしわを寄せ、此方を睨む神田がそこには居た。

 神田は親指立て、ぐいっと後ろに向けた。「早く行くぞ」というハンドサインを出し横列で歩きながら現場に向かう。

「なんで電話出なかったのよ」

「いやー、それが俺ら携帯電話使うの初めてでさ、やり方が全然分かんなかったんだ」

 先程まで鬼の形相だった顔が段々とほぐれてきているのが分かった。

「まぁ確かに高校生で携帯電話持ってる方が珍しいか......でも緑色の受話器のマーク押せば出れそうって勘で分からなかった?」

「冗談キツいって、それ結構高いんだろ?そんなボタンいっぱいある機械適当に押せるかよ。というより、渡すならちゃんと説明してくれよ!使い方の!」

「ッ...!」

 きょとんとした神田の顔。今絶対「確かに」と思ったろ。だから一瞬顔の表情が止まったんだろ。


「まぁ、しょうがないわね。今回は水に流しましょう。でもあれから“何度も”君に電話を掛けたのよ?流石に無視されたと思ってショックだったわ」


「ん??」


 妙なワードが聞こえた。“何度も”って云うのはつまり“何回も”ということだろうか。

 その一言に引っかかっている人物は俺だけではなくチューマンも眉を顰めていたのが分かった。

「悪い、もう一回聞くけど“何度も”?俺たちに?」

「ええ、5回は掛けたわね」

「いや、俺たちが聞いたのは学校にいた時の一回限りだったぞ?」

 神田は一呼吸置いてから、ふむ。と一言。

「......ちょっといいかしら?」

 神田は俺に渡した黒い携帯電話を開き、着信履歴を確認したが、神田の番号からの履歴は反映されていなかった。

「あれ?なんで無いんだ?」

「あー、なるほどね......もうその“段階”まで来てるのね」

 

「は?どういうこと?“段階”って?」


「あー、大丈夫大丈夫気にしないで!こっちのはなしー」


 あはは、と笑みを浮かべながら神田は、俺たちとの足並みを外して一歩前に“例”の現場に向かい始めた。

 そう言えば、こいつ(神田)何で廃墟の場所を知っていたんだろか。

 なぜ、俺たちがここに来る事を知っていたのだろうか。

 彼女眼差しは廃院の入り口を向いている。


────ドクン。


 心無しか、学ランの内ポケットにしまってある二つの赤黒い塊がジワリと脈打つかの様な温かみを感じる。

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