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赫月の奇夜   作者: 蒼山 太一
平穏に潜む魔
5/7

翠の眼差し

 /05

 

 1998年12月25日午前8時34分。

 朝の陽射しによって目が覚めた。視界に広がるのは白い天井。薬品の匂いや看護婦達の物音、利用者の騒ぎ声で此処が病院だと分かった。

 ゆっくり身体を起こそうとするが、全身に激痛が迸る。

「いててててっ......」

 少し浮かしていた上半身が一気に力が抜け、ベッドにバフっと音を立て倒れ込んだ。

 辺りを見渡すとここが個室だったことに気付いた。

 目が覚めた事により段々と頭が整理されていき、現状自分が病室に寝転んでいると云う意味がそれをなした。

「しくじったのかオレは......」

 そんな独り言も虚しく、窓から流れる風の音で掻き消される。

 この季節には珍しく緩やかな風が生暖かくて気持ちが良い。

 窓から覗ける風景を何も考えず何処となく遠くを見ていた。

 突然、ブッー、ブッーと黒い携帯電話が、ベッドに備え付けのテーブルを振動させる。

 そもそもテーブルの上に携帯電話があったことさえ気が付かなかった。

「オレのじゃないな、誰の携帯電話だ?」

 手に取り、日本製の携帯電話はカメラが付いてないんだなと意外に思う。

 自分の寝床に態々(わざわざ)置いてあり、起きたタイミングで電話が掛かってくる辺り、電話に出ろよって事で解釈していいんだよな?

 携帯電話の緑色の受話器アイコンボタンをカチッと押し込み耳を当てた。

「おはよう、ジャックくん。いやー!昨日の夜は大変だったねぇー体調の方は大丈夫かな?」

 全く聞き覚えのない声だった。

「えっと......どちら様?」

 声の主は慌てて話を続ける。

「あぁ、ごめんごめん、僕は日本辿星師(てんせいし)協会福支第二課担当の林川です!謂わば君のサポート役だね!今後ともよろしくっす!」

「え、あ.....あぁ。よろしく」

 朝からハイテンションな挨拶で戸惑いを隠せなかった。

 が、辿星師(てんせいし)協会か......オレが所属してる聖詩(せいか)教会と同盟関係にある組織だ。

 そして今回の例の件の依頼者でもある。

 辿星師協会はアジア圏内で日本にしか存在していない。聖詩教会の代わりに辿星師協会がオレの事をサポート、もといこの病室も辿星師協会がパイプ役となって手配してくれたのだろうと察した。

「もしもーし、声聞こえてる?電波が悪いのかな?」

 ......。

 昨日の夜の出来事、そして依頼されている内容が異なっている事を伝えなければならない。

 さて、どう聞いたものかと手で顎を撫でながら一言。

「......あれは普通のアンデッドじゃなかった」

「おー、やっぱり“専門家”でも違和感あった?」

 はやり、何か知ってて聖詩(せいか)教会に依頼したのか。

「アンデッド案件は日本では稀だけど本来なら此方の術師でも対応はできるんだ。しかし、君も感じたと思うけど、やっぱり“妙”だったでしょ?」

「あぁ、経験上の話で申し訳ないけど、アンデッドは機敏な動きができないんだ。所詮は動く死体、意思や思考が無い分行動が一歩遅い。だが、あれはそれを度外視する動きを見せていた」

 包帯で巻かれた自分の身体を見て言葉が詰まる。

「ほう......意思ね。てことは“アレ”は生きていると?」

「いや、精気は感じなかった。只、オレが対峙したアンデッドは人型でありながら獣の様な俊敏な動きをしていた。もはやあれはヒトとは別の何かだと感じたよ」

 オレの意見にうむ、と一言頷く。

 暫く沈黙が続いたが、林川は話を続けた。

 「正直言うと昨日の夜、廃墟ビルにて君が対峙したターゲット。調査部隊が魔力残滓を検知しているんだけど現状、正体も出所も分かっていない状況だ。加えて協会内で殭屍(キョンシー)の類の可能性の意見も出てね中国支部の術師にも救援お願いしてるんけど、さっぱりって言われちゃって困ってるんだよねー」

 あははは、と乾いた笑いをする林川であった。

「んで、やっぱり普通の個体じゃないよね?」

 電話越しからでも顔をぬっと近づける様に感じた。

 ふざけているのか、真面目なのかいまいち掴めないなこの人。

 オレは何も答えられなかった。

「申し訳ないが、ヒントになるような発言が出来るほど解明できてない」

 だよねーと云う反応をされ、少し腹立たしかったが。

「まぁ、要は謎ってことだよね。そして、なにより君が生きていてよかったよ。同じ仲間が居なくなるのは寂しい事だ!若いながらよく頑張ったね!あとはこっちで調べとくから何かあったら連絡するかも!」

 進展はゼロに等しいのにこのまま休んでいていいのか。疑問に思う。

「それと君の病室、関係者以外来れない様にしてあるから!勿論警察も入れないしめんどくさい事情聴取も無し!安心して回復に専念してくれ!僕違う仕事も溜まってるからそろそろ切るね!バイバーイ!」

 ツー...ツー...とビジートーンだけが流れる。

 電話越しから声がきこえなくなった。

 さっきまでのバカデカい声が消え、一気に静寂した部屋へと変わった。

「よく頑張ったね。か」

 子供扱いされて腹立たしいけど、任務を遂行できなかったかことも事実。

「クソ......」

 悔しさのあまり声が漏れ、脱力と共に天井を仰ぐ。

 


     ♢

 夜になって、患者達も就寝し時折、外の風の音だけが聴こえる。

 不意に目が覚めてしまった。

 朝の件で林川から連絡が来ると思って身構えていたが気付いたら眠りに入っていたのか。

 静寂したこの空間という箱の中は何か寂しさを感じた。

 暗闇の中は、視界という情報が絶たれより深く脳内の思考が響く。

 余計な事を考えてしまう。


 しくじらなければ、犠牲を出さずに済んだのに。


 瞳を閉じれば、ふと、故郷を思い出す。

 ────黄金の草原。


 ────煌く川流れ。


 ────透き通る微風。


 ────妹の横顔。


 ゆっくりと瞼を開け暗闇の中、段々と目が慣れていき、さっきまでの漆黒の世界が嘘の様に、遠くまで辺りを見通すことができた事で気付いた。

 「誰かいるな」

 違和感、いや気配を感じての一言だ。

 誰もいないはずの部屋に微かにだが魔力残滓が残っている。

「────ククク」

 ふと、嗤い声が聞こえた。

 横たわっているベッドの隣から薄気味悪い声でそいつは言葉を放つ。

「【翠騎士(クラシック・ナイン)】の称号を持つ貴方が随分と派手にやられましたな。」

 憐れみもない、事実無根の一言。

 透かさず声のする方向に顔を向けると、そいつは部屋端の影に潜んでいた。

 

 月が傾き灯りがその影へと照らす。


 そこに居たのは齢70過ぎの男性の姿があった。身なりは日本刀を拵え、胸元には白い縁取りに黒い太陽を象徴したバッジを付けていた。 

 黒いスーツを着込んだ姿、その漆黒さは陽射しを拒むような“闇”そのものだと誤認するほどに。

 しかし、老人とはいえ立ち姿で分かる。この人物が只者ではないと。

 老人はベッドの横にある椅子に座り込みスーツの内ポケットから“暗い”手帳を広げた。

 「ジャック・オールディン。15の年を迎え“不鳥の魔眼”発動条件に伴い、聖詩教会イギリス本部にて【翠騎士(クラシック・ナイン)】の称号を与えられし若き天才。辿星師(てんせいし)協会からアンデッドの討伐を依頼され日本に派遣し来日。しかし廃墟ビルに遭遇した目標対象と応戦したが、戦闘継続不可にまで追われ路上にて意識不明。通行人に発見され後病院に搬送。以上が事の成り行きでお間違いありませんか?」

 知られている。廃墟ビルの戦闘中もずっと見ていたのかこいつは。

 とっさに布団に隠してあった携帯電話を握り、林川に連絡できる様に態勢を取っていた。

「あぁ、それと今この空間は私の“呪術”により遮断空間にあるので監視、盗聴のご心配はありませんよ」

 くそ、やられた。これで救援の余地が消えたか。

 ────いやしかし、それよりも。

 疑心を含んだ目をその老人へと向ける。

「あぁ、申し遅れました。(わたくし)、善輪教 物部(もののべ)(あきら)(ひき)いる使徒 菟道(とど)汛蔵(じんぞう)と申します。以後お見知りおきを願います」

 頭を下げていたが、その薄気味悪い嗤顔(えがお)は消えていなかった。

 善輪教か、会議内でその名が多く出ていたな。最近やんちゃばかりしている日本の宗教団体がいるとか何とか。

「今日は自己紹介が多い日だな。ともあれ、このタイミングで来たってことは只のお見舞いって感じではないんだろう? 差し詰め、アンデッド討伐に何らかの関わりがあるのか?」

 その質問をした途端、汛蔵(じんぞう)()みが消えた。

 老人は椅子から立ち上がり、右手に持っていた手帳をパタリと閉じ、“闇”に流すように消した。

「......貴方の云うアンデッド、我々は祝福者と呼んでいます。」

 ビンゴ。やはり、善輪教がアンデッド発祥の元凶か。

「祝福者は施設から逸れてしまっているだけなのです。しかし、彼とて施設から出たくて出たわけではないのです。どうか討伐の依頼を取りやめて頂きたい。我々にとっても人類にとっても今後の計画に必要不可欠な希望なのですよ」

 意図が読めない。

 計画?希望?一体何の話をしているだ。

 もう少し探りを入れるか。

「その討伐依頼はオレだけじゃないぜ?まさかと思うが、依頼者全員に取り下げのお願いをしているのか?」

 汛蔵(じんぞう)は右目を逸らし、少し考えた後質問に答えた。

「いえ、貴方だからこそです。物部様もその“不鳥の魔眼”のお力添えを願っています。」

 その台詞と共に“闇”の様なモヤからアタッシュケースが現れテーブルの上に乗せた。

 ケースを開け、金の延棒がぎっちり詰まらせていた。

「賛同して頂けるなら計画をお伝えしますが、ここではお話しできない内容もございますので、どうぞこちらへ」

 その老人は右手を指差し“闇”のモヤへと誘おうとしている。

 金塊をチラつかせているがこれは罠だ。

 最初からオレが断る前提で話して来やがる。

 さっきから一言一言が殺意に満ちていることから、こいつはオレを殺したくてウズウズしているな。

 殺意を隠さない辺りわざとやっているのだろう。

 賛同しても断っても殺す気満々だな。これ以上話しても情報は出なさそうだ。

「はぁ......」

 ため息が漏れる。

あんたら(善輪教)には悪いけど、実害が出ている。粛清対象には変わりはないし、力を貸せそうにない諦めてくれ。」

「そうですか......残念ですね」

 その言葉を吐き捨てながら再び、口角が上がっていたのが見て分かった。


 奴の動きは常に警戒はしていた。

 少しの会話で分かったが奴そのものが“邪悪”に満ちている存在だからだ。

 

 それは瞬きの瞬間だった。

 ほんの数秒、否、0.0何秒の世界。汛蔵(じんぞう)は腰に据えてある刀に手を添えていた。

「では、力尽くと成りますが、その“眼”を頂きたいと思います」

 スッーと風を“斬る”音が聞こえた瞬間、首元に冷たい鉄の感触が伝わり脳裏に電撃が走る。


『死』


 ────ドクン。

 刹那、オレの瞳に鼓動を感じた。瞳の色は茶色から翠へと変化し魔眼が発動したことが感覚で分かった。

()るなら一撃で仕留めろよ爺さん」

 更に瞳に力を加えることにより、汛蔵(じんぞう)の“斬る”力を殺した。

「サイコキネシスの類ですか、しかしまぁ......ククッ、その“眼”を使わないほうがよろしいのでは?貴方のその“魔眼”は強力だがリスクが過ぎている。だからあの時敗れたのではないですかな?」

「はっ、言ってろ」

 魔眼持ちなら共通認識だが、サイコキネシスとは少し違う。これは“こいつ(魔眼)”の自己防衛、謂わば防御(バリア)だ。

 よく勘違いされがちだが、魔眼は“術者の能力”ではなく、“魔眼自身の能力”である。

 つまり、術者と魔眼は別個体であり、自分で言っておいて気色悪いがイメージとして寄生虫と宿主の関係性に近い。先の場面も宿主の危機感に反応して防御に入ったのだろう。

 又、魔眼の恩恵は大いに二つある。

 一つ目、魔力を眼球に通し開眼条件にて身体能力、魔力総量、五感が向上する点。 

 二つ目、術者とは別系統の術式を使用できる点だ。

 オレの不鳥の魔眼は、“復元”に適している。視界に入るモノ全てを自身の魔力を通じて復元する能力だ。

 しかし、最強に思われる魔眼だが、大いにデメリットがある。

 それは開眼時の膨大な魔力消費量。

 この爺さんの云うリスクと言うのは、魔眼使用時の消費魔力量の燃費の悪い事を指しているのだろう。

 「だから敗れたのではないですかな?」

 と云う疑問が脳内で復唱され言葉が濁る。

 ────事実だからだ。

 術者同士の戦闘で、魔力量の差は大きなアドバンテージになる。

 魔眼の使用は自身の強化する研磨剤と云うよりは一気に畳み掛けたい時に使う必殺技に近い。

 魔力消費量が大きい“魔眼”は強力な剣にも成れば自身の喉元を掻き切る刃にもなり得る。

 そして1番厄介なのが、己の意思とは関係なく自動(オート)で発動してしまう時があることだ。

 自身の危機に過剰に反応するこの“眼”に助けられる事も多いがこの場合“魔眼のコントロール”の主導権が魔眼側にあるという事。自分自身は魔力を提供するポンプ代わりと言っても過言ではない。

 ......つまりは、精神状態の強さで魔眼のコントロールが難しいと云う事だ。

 そして今、先日のアンデッドとの戦闘にて疲弊している身体に魔眼(オート)の開眼状態。非常にまずい状態だ。

 汛蔵(じんぞう)は弾かれた刃の遠心力を利用し、空中で旋回し右脚で着地と同時に反対側の左脚でジャックを窓側まで蹴り飛ばす。

 ────バリンッ!!

「!?」

 視界が妙だ。

 地上が逆さまを向いている。

 投げ飛ばされたと認識したのも束の間、老人も窓の外へと飛躍する。

 空中にて刀を高々と上げ先端を此方に向け、落下中とはいえ更に加速しながら接近し、剣戟を繰り広げる。

 一手々々(いっていって)の老人の刃を魔眼が防ぎ続ける。

 その度に、金属と魔力(バリア)との(はざま)がチ゛チ゛ッ!チ゛チ゛ッ!と絢爛と火花を散らす。

 

 自身の魔術でも反撃したい所だが、魔眼との併用より、魔眼自身に防御を取らせた方が安全と判断したジャックはできる限りの体幹で攻撃を避ける。

 少しでも魔眼の魔力消費を抑えるために。

 いや、しかし。

「くそ、そろそろ魔力が......」

 地面の着地とともに魔力を手足に集中させ、一気に奴との距離を離す。

 ズキズキと背中が痛む、背中に刺さったガラスの破片が激痛を呼ぶ。

 ツー、と熱い液体が背中を伝っているのが感触で分かる。

 はぁはぁと呼吸が荒れ自身の脚が疲労のせいか震え、視界が霞む中老人を捉える事で精一杯だった。

 次の一手に備えての構えだろうか、老人は刀を剣先を自身の膝くらいまで下げ間合いを測っている。

 ジャックの額の汗が頬を伝う。

 「さぁ次はどう来るか」


「フゥーーー」

 呼吸を整え、見上げた老人の顔には嗤顔(えがお)が無く残念そうに言葉を話す。

「誠に残念な事ですが時間切れの様です。随分と運がよろしい事で。」

 老人の身体の周りの“闇”の様なモヤが薄れていくのが見て取れた。

 すると、奴と対峙している背中側が段々と暖かみを感じ、自身の足元の影が徐々に伸びていく事に気がついた。

 ────旭が昇った。

 

 殺意の視線は此方を見つめている。

「次は必ず、その“眼”を頂きに参ります」

 “影あるところに闇とともに”

 菟道(とど)汛蔵(じんぞう)は刀を納め、陽当たりを避けるかの様に影の中に沈み消えていった。

 敵意を感じ無くなり、安堵からか腰が抜け尻餅をついた。

 汗が止まらない。アドレナリンが解けたのだろうか生傷が痛み出す。

 息を荒げている間、視界の横に黒い塊の様な物が見えた。顔を向け焦点をそれに集中すると携帯電話が落ちていた。

 どうやらあの老人の一蹴りで一緒に落っことされたようだ。

 携帯電話の側まで行き林川に電話をする。

 プゥルルルルル、プゥルルルルル。

 

 コールが続く限り、その翠色の眼は太陽を視ていた。

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