赫い瞳
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1998年12月25日、午前5時16分、日の出と共に目が覚めた。
辺りは日の出といってもまだ薄暗く、学生が目を覚ますのにはまだ早いんじゃないかと思う程に早く起きてしまった。
目覚まし時計はカチカチと懸命に針を動かしている。ただ、耳に入る音は時計の音だけでは無い。
心臓がドキドキと高鳴って苦しい……。
早く目覚めたのもこれのせいだろ。
再び瞼を閉じ、「すぅー」「はっー」と、静かに深呼吸をした。掛け布団を体全体を覆い被る様に潜り、眠りの準備を始める。しかし、目を閉じれば彼女の顔が瞼の裏に浮かび上がり再び心臓の鼓動が加速する
「……」
全く……寝れたものじゃない……。
やはり昨日のあの子が頭から離れられない。
モヤモヤと悶絶したこの感情を枕を抱きしめて少しでも発散させる。昨日の彼女との会話を思い出す度に何か胸の奥に来るものがある……。
「眼が綺麗......だったな」とぼやきながら額に手を乗せ天井を見上げた。
名前ぐらい聞いとけば良かったなぁと大いに後悔している。
しばらくして喉が渇いた。二階の自室から出て、一階にある台所に向かった。木造建築のこの家の階段を下る度、みしみしと軋む音が静寂なこの空間を響かせ義父を起こさないかヒヤヒヤする。
義父はこの家で骨董品屋を営んでいる。玄関いや、店内は品揃だらけで外出時等、ぶつけないない様に慎重に脱出しなければならないのが中々の一苦労だ。
何だったか昔に泥棒が来たとかで夜中は警戒してるんだとか。
とは言え、こんな時間に足音で起こすのも申し訳ないので忍びの様に、摺り足差し忍び足と台所まで向かう。
目的の冷蔵庫に到着し、麦茶を取り出しコップに注ぎ、和室にあるテーブルに向かい座布団に腰を下ろす。
注いだ麦茶を見つめながら段々と頭の回転が進み始めた。
「そうあえば、あの子ふき高(譜岐白高等学校)の制服を着ていたな」
通っている塾で、同じ譜岐白高等学校の制服を何度か見かけていたので記憶に残っている。
和室の押し入れに中学の時、高校受験に備えて集めていたパンフレットがあったことを思い出した。
和室の隣部屋が物空き部屋として使われ、その物置部屋の押入れにしまった記憶が蘇る。
「でも、あそこ掃除してないからあんまり行きたくないんだよなぁ」
手に持っている麦茶をテーブルに置き、物置部屋まで足を運ぶ。普段あまり使われない部屋な為か埃が少し舞っている状態だ。
偶には掃除しないとな。と頭の片隅に言い聞かせ、電気を点ける。軽く咳払いしつつ足元にも物が多々あるため踏まない様に慎重に押入れの側まで向かった。
押入れの襖の取っ手に指を引っ掛けすぅーっと開ける。
ごほごほっと咳が出た。襖の中は埃が舞っているが義父が種類ごとに分けていてくれているので、目が忙しくなることがないのでとても助かる。書類関係を管理しているファイルに入っているパンフレットを見つけバラバラと散らかした。
「確か貰ってた気が、するんだけっどなぁ……あった」
目的の譜岐白高等学校のパンフレットをあっさり発見した。パンフレットを手に取り、読み進めていくと、どうやら譜岐白高等学校は、宗教系の学校であることが分かった。
設立1878年 設立者学校法人譜岐白学園 善輪教『和曙の会』創立者物部曙の教えに倣い、善意の精神『平等的な思想を持つ人間・良き社会人の育成』を基礎としている学校......らしい。
制服のデザインは肩から靴まで白色で統一され、客観的感想だが、遊び心のないデザインだ。だがそれが却って神聖さと品性を感じさせる。
麦茶を飲み終え一息つくと、膝を叩き座布団から立ち上がる。
「また会えたらもう一度話してみたいな……」と、誰もいない部屋に独り言だけが漂う。飲み終えたコップを台所のシンクに置き、明日の朝起きたら洗おうと惰性的な考えのもと自室に戻った。
さっき迄の赤らめた顔が落ち着き、布団に潜る。睡魔のおかげか彼女の事を想っていても眠りに着けた。
◇
しんしんと降る雪の中、裏幽坂にぽつりと人が立っていた。風は無く寒さもない。只、月明かりだけがその人を照らす。透きとおるような白い肌、黄金色の長い髪の毛が月明かりによってより一層美しさを目立たせる。しかしその人は後ろ姿で顔が見えない。何処を見ているのだろうか。
────あぁでも、あの時と同じ光景だ。
......あれ?でもそれは何を持っているの?
よく目を凝らすと彼女の左手には“何か視えないモノ”を持っている。
「それは何なんだ?」
その問いに対して、ゆっくりと振り返る彼女の瞳は赫く憎悪に満ちていた。